【オカルト】太平洋戦争中の不思議な・怖い話2 てんこもり。


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【オカルト】太平洋戦争中の不思議な・怖い話2

10: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/19(土) 22:06:34

ガ島で玉砕したはずの一木支隊が兵舎に帰ってきたりとか、そういう話はよく聞く

もっと現実的に怖いのは、ビルマで日本軍の一個小隊が一夜にしてワニに食われて全滅したとかそういう話かな

不思議なことといえば、頭部に機銃弾食らった瀕死の状態でラバウルに帰還した坂井三郎や舩坂弘の存在そのものかも知れん


11: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/20(日) 07:32:44

俺の先輩二人は仕事で硫黄島に行っていた。島のことはあまりかたりたがらな
かったが、常識ではないことが普通に起こると言っていた。二人とも帰ってから
40代で病死した。




20: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/21(月) 17:02:21

実際に報道されたオカルト話。
2003年だか2004年だかに、読売新聞・朝刊の国際面の片隅に掲載された怪事件。
南シナ海で海賊船団に襲撃されていた大型貨物船の船員の証言によると、
全速で逃げようとする貨物船と、機銃を発砲しながら追いすがる海賊船団の間に突如駆逐艦が現れた。
船員曰く、「日本定刻海軍旗を掲げた、太平洋戦争時のような駆逐艦だった」とか。
予期せぬ重武装軍艦の出現に海賊船団は慌てて逃げ去ったため、貨物船は助かった。
なお、駆逐艦はいつの間にか霧の中に消えてしまったと言う。


22: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/21(月) 17:03:59

第二次大戦の北アフリカ戦線にて、孤立したドイツ兵達が1人の老人と出会い、古い地図を譲り受けた。
そこには水や食料の貯蔵庫が記されていた。 それでどうにか助かったドイツ兵達は
「どこでこの地図を手に入れたのか」と老人にたずねたところ、老人は
「ナポレオン公から援軍が到着するまで死守するようにと命令を受けました」
と言って姿を消した。ドイツの軍事記録に残ってるらしい話。


23: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/21(月) 18:57:10

瀕死の重症を負った坂井三郎が誰かに誘導されるように帰還できた話はすごい。激戦の連続の中、いつも九死に一生を得る。誰かに護られていたとしか思えないです…。


31: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/22(火) 10:25:05

回天の話。
回天とは、あまり知られていないが人間魚雷である。
中に人が乗り込んで操縦し、敵艦に体当たりする魚雷である。
ある夜中、潜水艦のドックにて人の気配がした。年輩の整備兵が「誰だ?」と誰何すると、
そこには回天で特攻したはずの少年兵がいた。
驚く警備兵に対し、「今度は見事敵艦に体当たりしてみせます」と告げる彼に、整備兵が
「もういいんだ。二度も死ぬ必用はない」と答えると、姿を消してしまったらしい。

なお、回天はその構造と米軍のレーダー技術の発展から、120本程が実践投入されるも
戦果は撃沈4隻撃破5隻と非常に少なかったという。


111: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/10(日) 03:31:49

>>31
ちょっとホロッとした。いい話だな。


33: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/22(火) 10:27:43

戦争が終わって日本も復興、経済大国になった頃、
南方の原住民調査のためにかつての激戦地ニューギニアの山中に入った。
そこで原住民と仲良くなって、一緒に生活しているうちに、
日没後は彼らが山の中に決して入ろうとしないことに、西丸氏は気づいた。
「なぜ、夜は山に入らない? 危険な野獣とかいるのか?」との問いに、
原住民は「野獣はともかく、とにかく気味が悪い。
姿は見えないけど、あちこちから意味不明の人の言葉が聞こえる。
でも、人の姿はやっぱり見えない。
白骨はいっぱいあるから、あれはその白骨の精霊だと思う。
夜の山は生きた人が入る場所ではない」との応え。
「意味不明の言葉ってどんな?」と西丸氏が問うたところ、原住民の応えは
「『ガヌバレ』『シカリシロ』と聞こえる。私たちの言葉ではない」……だったそうだ。
西丸氏は「さもありなん」と感じ入ったそうな。


38: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/22(火) 19:04:54

私の祖父は殆ど戦争体験について話してくれる事はありませんでしたが、
一度だけ幼い私にお菓子を食べさせながら、話してくれた事がありました。
祖父はビルマで戦っていたそうで、食べる物が無くて本当に辛い思いをしたそうです。
敵のイギリス軍は飛行機を用い、上空から陣地内へ落下傘で食料を落としていたのが見えたそうです。
ある時、その落下傘が敵と味方の陣地の中間点に落ち、
祖父は戦友3~4名と共に決死の覚悟で奪いに行き、その食料を貪り食べたそうです。
祖父は中にあったキャンディをなめ、自分は特別な存在だと思ったと
しみじみ語っていたのを覚えています。
その時なめてたキャンディーはもちろんヴェルタースオリジナル。
なぜなら彼もまた、特別な存在だからです。


39: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/22(火) 19:20:07

既出だが、キスカ撤退作戦も神掛かってるよな

うまい具合に霧が発生したり、米軍のレーダーに存在しない艦隊が映ったり、無人のはずのアッツ島から万歳三唱が聞こえてきたり


42: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/23(水) 00:47:52

硫黄島は天皇陛下が慰霊してから霊現象がなくなったと聞いたが。
それが平成6年のこと。
それ以前はたくさんあったんじゃない?


60: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/25(金) 04:54:43

>>42
そうでもない。
二、三年前に防衛庁長官が幕僚長と一緒に硫黄島に視察に行って一泊したが
長官が朝起きて幕僚長に会うと「昨夜は部屋に英霊が訪ねてきて
そのおかげでよく眠れませんでした」と笑いながら言われたそうだ。
ちなみにこれは当時の毎日新聞に載っていた長官のインタビュー記事。


63: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/25(金) 16:47:10

>>60
幕僚長冷静だなw


54: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/23(水) 22:08:48

船には「舟魂(ふなだま)」という物が憑いていると信じられている。
その為、旧海軍では木をくりぬいて作った舟型の中に、ふなだまをかたどった紙の人形と、
五穣をはじ め供物を詰めて密封し、船室に祀っていた。
このふなだまは、船が沈没する前日に船から離れていくと言われている。
トラック諸島で日本海軍が壊滅的打撃を受けた後、
「そういえば、ゆうべ白い着物を着た女が船から出て行くのを見た」
と証言する乗組員が、あちこちの船で続出した。
ちなみに、この慣わしは今も続いていて、自衛隊の護衛艦にも神棚があり、なかにふなだまが
祀られている。見学などの際には、最新式の護衛艦の中に神棚があるアンバランスな光景を見れるとか


55: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/23(水) 22:16:28

>>54
瀬戸内海で爆発事故を起こした戦艦「陸奥」でも、沈没の数日前から着物を着た女が
艦内で目撃されていたと言う話を聞いたことがある


56: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/23(水) 23:50:17

ふなだまは女性に決まってるのか。


57: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/24(木) 00:00:00

>>55
そういう話って多いみたいだね

>>56
英語でも舟は女性名詞だから、代名詞はsheになるよ


58: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/24(木) 00:17:03

船が女性だから、女性は船に乗っちゃいけないんだっていうよね。
でも実際は女性が乗ると、男性だらけの船乗りの輪が乱れるからなんだけどね。


59: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/24(木) 00:32:13

>>58
女が乗ると船魂が嫉妬してしまうからだとか


もうひとつ船魂に関する話を(何年か前に2chのどっかの板で聞いた話)

太平洋戦争中、日本海軍の海防艦2隻が台湾海峡付近を航行していた。ある晩、片方の海防艦の乗組員が
僚艦の甲板の上を松明を持った巫女さんが走り回っているのを目撃した。しばらくすると、その巫女さんは海の中に飛び込むようにして姿を消した。
目撃した乗組員は「何かの見間違いだろう」ということで僚艦へは連絡をしなかった。

夜が明けると、昨晩巫女さんが走り回っていた海防艦の姿が見えなくなっていた。
無線で呼びかけても応答がなく、夜のうちに何らかの原因で沈没したのだろうと言うことになった。


これも船魂なのだろうか

447: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/06(土) 13:39:32
船にも魂が宿っているのかもしれないというのは駆逐艦涼月の話だな。 

大和の沖縄特攻に参加した涼月は船体前部を爆弾でやられて、更には艦隊から 
はぐれてしまい行方不明となったが後進(バック)で何とか佐世保まで帰ってきて 
そこのドックに入った瞬間に沈没したそうだ。 
あとでドックの水を抜いて艦内を調べてみたら浸水した区画に丸太を使って 
浸水を止めていたらしい三人の死体が見つかったそうだが、帰還した瞬間に 
安堵して沈んでしまうという船も凄いと思う。
 

77: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/07/30(水) 13:22:29
211 名前: 名無し三等兵 投稿日: 2001/07/29(日) 04:54

ガキの時分に、鍼灸師のジジイから聞いた話。ちょっと変わった幽霊談です。

ニューギニアのあたりのある戦場でのこと。
大規模な戦闘をした部隊があって、その後、その部隊の前線基地に、
夜な夜な、死んだ兵隊たちが現われるようになったそうです。
彼らはいずれも、足がちゃんとあり、懐かしそうに
「よお!」とか言いながら、現われるのだそうです。
いずれも確かに戦死した連中ばかり。
神主の息子の兵士がまじないをやったり、お経をよめる兵士がお経を詠んだりしても、まったく効き目無し。
そのうち、ズカズカ上がり込んできて、貴重な飯をバクバク食う始末。
しかも、いきなり手がスルスルっと伸びて、木の実を取ったりして、明らかに化け物化している様子。
怖いやら迷惑やらで困っていたのですが、なんとも手の施しようが無い。
見るに見かねた中尉だか大尉だかの隊長さんが、幽霊たちが集まっているところへ、
ツカツカと歩いていって、いきなり大声で、
「全員、整列!」
と言うと、素直に整列したそう。そして、
「貴様らは、全員戦死した兵隊である。よってこの世にいてはならん。
全員あの世へ行って成仏するように。これは命令である!」
隊長が涙を流しながら言うと、幽霊たちは、しばらく呆然とした顔で佇んでいたが、
そのうち全員が泣き始め、やがてボロボロと土人形のように崩れていったそう。
あとにはその土だけが残り、彼らは二度と現われることはなかった。
兵隊たちはその土の大部分は現地に埋め、残りを少しづつ日本に持って帰って、供養したそうです。

「へんな幽霊だね」と僕が言うと、ジジイは、
「日本人の幽霊でも、死んだ場所が変わると、ちょいと変わるんじゃい」
と言っておりました。


79: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/02(土) 08:31:33

ほのぼのしますた。


99: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/06(水) 22:21:05

有名なコピペ

 第2次大戦中の1945年2月、ベンガル湾のラムリー島のマングローブが生い茂る沼地にイギリス軍が
1,000人を超える日本軍をおびき寄せていた。19日の夜から20日の未明にかけて恐ろしい叫び声が続いた。
負傷者の血の匂いに刺激された無数のイリエワニがこの沼地に集まり、動きのとれなくなっていた日本兵に
襲いかかったのだった。沼地の外側にいたイギリス軍は一晩中すさまじい悲鳴を聞かされた。
そして夜が明けてから彼らが発見した生存者はわずか20名だった。


107: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/10(日) 00:20:54

ついでにもう一つ投下。
「知ってるつもり」で紹介されてた話だけど。
特攻基地の近くに特攻隊員御用達の食堂があったんだって。で、その食堂の女主人
は特攻隊員から母親のように慕われていたんだと。
その女主人に、とある特攻隊員が、出撃直前にこんなことを言った。「ボクが特攻
するのは、明日の夕方です。死んだら蛍になって戻って来るんで、お店の扉を開けて
いて下さい」・・・。
果たして、次の日の夜、お店に1匹の蛍が入って来た。女主人が「これは今日、特
攻した誰々だよ」とその場にいた他の特攻隊員に告げると「それはないよ」との返事。
けど、みんな自然に肩を組み合って合唱し始めたとか。
その女主人だけど、90歳近くまで長生きしたらしいよ。特攻隊員に「おばちゃん、
ボクは明日死ぬから、残りの命を上げるよ。その分、長生きしてね」と言われてたん
だってさ。何か悲しい話だよね。
ちなみに、その女主人の葬式のとき、どこからともなく1匹の蛍がやって来たとか。
その特攻隊員が迎えに来たのかな?


109: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/10(日) 01:59:06

>>107
これも有名だな
"特攻の母"鳥濱トメの話


110: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/10(日) 03:31:26

知覧の蛍の話、有名ですよね。
高倉健が主演の関連映画もあるし。

父が特攻隊の生き残りなので、
遅くに生まれた長女の私にも戦争の話をよくしてくれた。
もう80近い父は、自分で特攻や軍隊の本買ったり図書館行っては関連本借りてる。
そんな父が一番のお気に入りは、私が仕事で行った知覧特攻記念館で買った数冊の本。
ある日見ると、お気に入りのところに斜線がいくつも引いてあった・・・・

一度知覧に連れて行くのが夢だったけど、もう心臓も足腰も悪くなって
幻で終わりそうで切ないな・・・・・


159: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/16(土) 06:11:28

こわいはなし
祖母(当時11歳)が話してくれた空襲
「ここは危ないからあっちへ逃げなさい」と誘導してくれた
若い兵隊さんが、朝戻ってみたら亡くなっていた
曾祖父は町内会長としてやはり誘導やらしてて逃げ遅れ亡くなった
地方都市の空襲で亡くなった兵隊さんは若い人が多かった
偉い上官さんは安全な所にいたんだろう

終戦の数日前再び避難先の隣町で小さな空襲があって、逃げていたら
「逃げてるんじゃないよ非国民!」と知らないおばさんにののしられ
親が死んでるんだよ!うちも燃えちゃったんだ!!
と怒鳴りつけたら黙ったって

若い頃はけして自分から語らなかった戦争の話を、年老いたせいか
孫の俺らに少しずつ話してくれるようなった
後者の話が恐い。終戦間際、もう限界で一般市民もどっかおかしくなってたのか


161: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/16(土) 07:48:59

>>159
おばさんは、もしかすると婦人防空団とかの人だったかも。
隣組単位で消火活動とかする決まりになってるから、逃げた=非国民という思考だったのかも
ね。まぁそういう意味ではおかしいのかも知れないけど。
当時、軍属とかの人が幅を利かせてたから・・・。


212: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/18(月) 09:12:14

>>159
空襲警報が鳴っているのに防空壕に入らなくて家ごと焼死した人に対して
「この怠け者が!」と死体を足蹴にした人達がいたと聞きます。


191: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/16(土) 23:35:56

なんかで読んだんだけど、靖国神社にお参りした特攻隊員の生き残りが境内で真昼に蛍が舞っているのを見たとか、南洋の遺骨収拾団が持ち帰った遺骨が靖国境内か千鳥ケ淵かで、風も振動も無いのに音を起てたりした…なんてのを読んだことがある。


192: 里中美子 ◆UIiQ5N7wO6 投稿日:2008/08/16(土) 23:58:00

A級戦犯の処刑を担当した軍人(ウォルトンウォーカー)はA級戦犯が処刑されたのと
同じ日づけ、同じ時刻に、同じ人数(七人)、謎の自動車事故で死んだ。


193: 里中美子 ◆UIiQ5N7wO6 投稿日:2008/08/17(日) 00:16:36

南方の食料不足で飢えに苦しんだ戦友の話はよく聞くが、
死んでしまった戦友の人肉を食ったという話も、たまに聞くことではあるが
戦友を「殺して」まで、その肉を食っていた連中(脱走兵)が居たという。
怖い。
まあでも、ウサギが自らの肉を焼き旅の老人に与えて、それをもてなしとした、
という逸話もあることだし。いい話かもしれないね。


229: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/19(火) 03:13:11

・太平洋戦争中に消えた日本軍一個大隊

1943年にニューギニア戦線で、
米軍を上陸時に迎撃するため作戦行動中の日本軍
(結構な人数。1000人以上なのは確実)
が忽然と消えてしまった。
未だに遺品の一つも出て来ない。


・広島に原爆を落としたB-29を観察していた謎の物体

8月6日、前1時27分、Mk-1核爆弾リトルボーイを搭載した
エノラ・ゲイがタキシングを開始し、1時45分にA滑走路の端から離陸した。
午前6時30分、四国上空においてエノラ・ゲイのレーダー迎撃士官
ジェイコブ・ビーザー陸軍中尉がレーダースコープに正体不明の輝点を発見。
通信士リチャード・ネルソン陸軍上等兵はこのブリップが敵味方識別装置に
応答しないと報告した。
エノラ・ゲイは回避行動をとり、高度2,000m前後の低空飛行から急上昇し、
午前7時30分に8,700mまで高度を上げた。


232: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/19(火) 04:26:58

>>229
> ・太平洋戦争中に消えた日本軍一個大隊
現代にトリップしていたら萌える。


233: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/19(火) 04:45:56

家のじいちゃんがいた部隊の話なんだが

日本で訓練してたときに、近所の墓で火の玉がでるって話になって、なぜか火の玉は水で消えるか?っていう話になったそうな

で結局中隊みんなでバケツに水をくんで墓にいったらしい

でその墓にはガチで火の玉がいたらしく、みんなでバケツの水をぶっかけてやったらじゅ…て音がして消えたらしい

火の玉の数は一個や二個じゃなかったからしまいには小便までかけて消して回ったとか

じいちゃん曰く

チンコ燃やされる覚悟でかけろ

だって


234: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/19(火) 05:11:50

今年97になったうちのじいさん、何事にも動じない
頑固で無口なヒトだが、あの眼で戦時中に何を見たのか
時々不思議になる。(徴兵されて終戦はセレベス島で迎えた)

まるで何か脅迫観念があるかのように信心深い(特定の宗教に
のめり込んでいるとかじゃなく、毎晩家の各部屋でお祈りをする
(各部屋にいる何かと交信している?)とか)から、昔何かあった
のか、元々何か見える体質なのか・・・。
もうボケて何の話も出来ないが、ボケる前もかなり無口で、
戦中にセレベス島で蛇を食べた話位しか聞きだせなかった。


235: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/19(火) 10:14:06

日露戦争に出征したタヌキたちは
さすがに太平洋戦争の火力では活躍できなかったのかな...



太平洋戦争末期、アメリカ大統領を呪殺する目的で、陰陽師部隊が集められた

「我々が東条を呪殺してれば...」と言う後悔の念から、参加者はあまり語りたがらない


243: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/20(水) 16:58:27

ええ話や・・・。

>>235
秦都彦の本に「神風は実は吹いていた」って話があった。
実際に台風で米軍の駆逐艦が2隻ほど大破したらしい。
でもやっぱ鉄の船相手だと元寇のときのようにはいかない。

あとどっかでみたけど、戦争末期の憲兵隊の巷間の噂に関する調査資料で、
軍服姿で出征したけど血だらけになって帰って来た某神社の神様の話が噂として流布していたようだ。。

日本の神様は全知全能ではなく、限界があるっていうのが面白い。


236: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/19(火) 12:05:18

当時の大統領ルーズベルトが終戦前に死んだのは我々が呪殺に成功したのだ、
と後に語るのもいたらしいけどw


237: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/19(火) 12:54:59

ルーズベルト呪殺しちゃったせいで、原爆落とされたんだから、そりゃ後悔するだろ>陰陽師
ルーズベルトは基本的に原爆を日本に投下する意思はなかったようだから。


240: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/20(水) 15:11:20

第二次世界大戦中の話じゃないんだが、オカルトちっくなので投下
家の祖父はシンガポール沖で海の藻屑と消えた。
で、10~11年前の秋に姉夫妻がマレーシアに赴任してシンガポールで
出産したので、祖母・両親・俺で会いに行くことになった。

高齢の祖母を連れていくのは難しいと両親は考えたが、祖母のたっての
希望で準備を進めた。
当日、祖母が祖父の遺書と形見を小さな巾着の中に入れていて、俺は生れて
初めて祖父の筆跡を見た。

家はお盆の時は墓と靖国神社に行く。祖父が遺書に「死んだら靖国に行く。もし、○○(祖父の幼馴染で戦友)
が亡くなっていたら○○は一人者だから○○の分まで弔うように」と最後らへんに書いてあった。(意訳)
だから、○○さんの分も家の墓地に墓石がある。
で、シンガポールで日本人慰霊碑に参拝して姉夫妻と子供と会って食事をしてホテルに戻った
時、父親がおかしい。
何度も俺に「はっきり言え、何を言ってんだ?」と俺に聞いて、「何も言ってないよ」と返していた。
そうこうしてるうちに、初孫の嬉しさでしこたま酒を飲んだ父親は寝てしまった。
俺はリッチな海外旅行に浮かれて、ルームサビースでシンガポールスリング等を取って、
ベランダで「赤ちゃんに乾杯」とかやってふざけていた。一人で遊ぶのも疲れてきたのでベットでテレビを
見てた時、ケタタマシイいびきとともに父親が「親父!俺の背中に乗れ!俺が連れて帰る!
恥ずかしくないおぶってやる!」


241: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/20(水) 15:16:13

と、大きな声でハッキリしゃべったからびっくりした。
その後、声が小さくなり「父さん、父さん、僕の父さん」と泣きながら呟いて又眠った。
びっくりする出来事だったが、感慨深いものがあった。父が生まれる前に祖父は戦死したので、
抱かれた事もなければ、無論話を交わした事すらない。写真の中と祖母が話す祖父しか知らない。
父親は父がいなくても頑張ったんだなと思うと泣けてきた。
朝になって、寝言の事が気になったが黙っていた。別部屋で寝てた母と祖母と合流して
、朝食を食べてる時にばあちゃんが「昨日ね祖父さんと○○さん(祖父の戦友)がね迎えに来てくれて
ありがとうって出てきてくれたのよ。祖父さんがね、足が悪いからって、俺の父親さんがおぶってくれたの。
○○さんが横で泣いててね。私は一緒に帰れますねって言ったのよ」と言い出した。
正直、小便ちびりそうだった。父親を見ると目を真っ赤にして泣きそうだったので、俺が夜、見聞きした事を
その場で話した。
一同黙っていたが、祖母が「はーやっぱり来てよかったわ。私の人生の悔いがなくなったし、俺の父親さん
の姿を見て、私と一時を共にして良かったと思ってらっしゃるでしょう。幸せな方よね祖父はw」
と笑顔で言った。それを聞いた父親は「よかったな」って笑顔に戻ったのが印象的だった。
幽霊とかそんな話じゃないけど、まだ帰れない人もいるんだなと思った。

余談
祖母が亡くなる前に、祖母が母親に「あの時、私の顔がおばあちゃんになってるから、
祖父さんもびっくりしたでしょうね。でもお婆さんになった顔を一度見てるから、
迎えに来る時はまっすぐ来てくれるわね安心、安心」
と言ってたそうだ。祖母は最後すこし呆けて、祖父と出会った頃に戻って母親にノロケてたらしい。
祖母の葬式の時、火葬場で母親が「おばあちゃん、やっとおじいちゃんに会えたね」って笑顔で
泣いていたのが印象的だった。

※祖母は、父や祖父の名前をさん付で呼ぶ。

駄文・長文重ね重ねすいません。


242: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/20(水) 15:33:33

いい話でした


245: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/21(木) 21:27:56

240-241
すごく泣けた。

何年か前にうちの爺さんの兄弟が亡くなったときバーチャンに挨拶しにきたらしいんだが、
そのとき爺さんも一緒に来てたらしい。ちょっと似てたので実感がわきました。


249: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/23(土) 23:53:15

グアム島から故横井庄一さんが帰還される前日、戦友の幽霊がやってきて、
俺たちをおいていくのかっていったんだってね。
南の島にはまだまだ帰れない英霊がたくさん眠っているんだろうね。


291: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/29(金) 09:46:16

太平洋戦争では無いのだが...

1904年、日露戦争勃発
ロシア正教会は国を挙げて、日本に天変地異が起こる事を祈祷

...が、何事もなくロシア敗戦

1923年、関東大震災発生


以上から、ロシアの某高名な物理学者が導きだした結論

「神は、我々のいる場所から少なくとも9光年以内におられる」


292: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/29(金) 12:11:02

>>291
wwww


299: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/30(土) 15:45:01

硫黄島玉砕後の話。米の帰還兵を乗せた輸送機がいよいよ出発する時、なぜかいつまでたっても
離陸しない。どうしたんだと上官が兵士に聞くと、「日本の兵隊さんがタラップにいっぱいしがみ
ついていて離陸できません」と涙ながらに答えたという。


300: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/30(土) 16:04:07

生き残りがいっぱいいてたってことか!!


301: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/30(土) 16:08:50

>>300
生きてる人じゃないとオモ。


302: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/30(土) 16:17:03

>>301
マジレスか!!


359: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/03(水) 20:30:56

もう25年以上前の話。
戦時中、将校だった爺さんが死んで、遺品の整理をしてたら
本に挟んであった白黒の写真を見つけた。

その写真は驚く無かれ、生首が50個(数えた)が地面の上に
並べてあり、中央に軍服姿の爺さんが刀持って椅子に
座ってるのがあった。
当時、俺はガキで怖いと言うより、
漫画みたいで、おかしくて弟と一緒に笑った覚えがある。

関東大空襲と思われる写真もあった。
真っ黒に焼け焦げた死体は手足がまっすぐに
色んな方向に伸びたり曲がったりしてて
不思議なオブジェだった。


365: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/03(水) 21:04:30

>>359
白黒写真だとグロでも割と平気だよな。
生首写真は中国で捕虜処刑後に交代で一人づつ撮影した予感。
だからといって他人に見せたらダメだぞw

戦争被害者の写真は然るべき機関に資料として提出してみては?


467: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/07(日) 19:09:13

最近買ったお寺の怪談という本に載ってた
「大阪、一心寺にて」という話怖かったな
終戦間際の大阪の話なんだけど空襲の焼夷弾で
黒焦げになった遺体を回収して夜に焼却するまで
見張りをさせられてたら遺体の周りに十数人の
黒い影がうごめいていて遺体から貴金属を剥ぎ取っている…


501: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/08(月) 14:29:10

青山繁春が硫黄島に行ったとき、そこの自衛隊員から海岸を歩いていると、誰もいないのに話し声がするんですよ、って言われたらしい。


508: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/08(月) 17:35:22

>>501
硫黄島の話は空自でも有名ですね。
空自の体験談を聞くと、幽霊って本当にいるのかな?って
思っちゃいます。遺体はそのままにして米軍が
滑走路を作っちゃったんだもんね。
硫黄島で戦死した英霊だけではなく全ての英霊に感謝!


504: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/08(月) 16:58:15

機銃掃射された話が出てきているけど、アメ公のパイロットが笑いながら、
女、子ども相手に機銃掃射する話はむごいな。うちの実家にある、戦争
シリーズの漫画(名前忘れた。)のあとがきで、作者が横須賀にいた時に、
アメ公が笑いながら機銃掃射してきたとあったな。
俺がもしスティンガーやRPGを持っていたなら、遠慮なくぶっぱなしただろうが。


506: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/08(月) 17:25:22

>>504
むごいけどそれが戦争でしょ
自分のことは棚に上げて人間の獣性を批判するのはおかしいよ。
あなたも極限状態になったら人肉食うかもしれないし
少女をレイプするかもしれないし
爆弾巻いた子供が自爆テロ仕掛けてきて吹っ飛ばされるかもしれないし


518: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/08(月) 20:20:02

>>504
ヨーロッパ戦線でも米軍は同じ事をしていたよ。

P47サンダーボルトに乗って撃墜王だった米陸軍航空隊のカブレスキー大尉が
撃墜されて捕虜になり、監視兵付きで普通列車に乗って収容所まで移送されるときに
米軍戦闘機に襲われて、向かいの席に座っていたドイツ人少女の頭に12.7ミリ機銃弾が
命中して、その少女の脳味噌が座っていたカブレスキーの膝に砕け散ったそうだ。
そのときにカブレスキーがどう思ったのかは自伝には書かれていないらしい。



553: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/10(水) 16:53:36
当時フランスかドイツだったか、ある一人の修道僧には予知能力があったそうだ。
第二次世界大戦の勃発や国内のインフレなど、ことごとく的中させていたが
戦争終結以前に病没してしまった。
しかし、彼が残した予言によるとWWII後すぐに第三次世界大戦がヨーロッパで始まり
それまでの戦争とは比べ物にならないような災禍が訪れる、という内容だった。

それを生前に聞いていた者が、終戦後になっても戦々恐々と暮していたが
ついに戦争は起こらなかった、という話を読んだことがあるのだが
もし修道僧の予言が本物ならば、どこかで歴史が変わったことになる。

そう仮定してみると、それは太平洋戦域の推移によるのではないだろうか?
例えハワイ作戦において真珠湾の燃料タンクを破壊し、ミッドウェーでの惨状もなく
レイテで栗田艦隊が反転せずにマッカーサーもろとも輸送船団を壊滅させていたとしても
日本が最終的に連合国に勝利することはなかっただろう。
それどころか北と南から侵攻され、米ソによる分割統治が行われていた可能性もある。

だが広島と長崎に原爆が投下されたことで日本は無条件降伏を受諾した。
それは言い方を変えれば、玉砕戦術と神風をはじめとする特別攻撃による遅滞作戦で
本土決戦の準備を整える構えが、米国に原爆投下の口実と決断を与えたことになる。

つまり、日本国民の徹底抗戦の決意と犠牲によって世界は変わり
人類は全面核戦争から救われた。

ってのはどう?無理やり戦史とオカルト混ぜたら長いなw
修道僧の話はうろ覚え、ソ連の先制核攻撃による欧州進攻は実際に計画案まであった。


554: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/10(水) 16:58:18

10年前に死んだおれの叔父は子どもの頃、駅で列車を待っていたらその駅を破壊するためにやってきた
艦載機(F6F?)の機銃掃射を受けたと言っていたぞ。陽気な叔父だったが真面目な顔で「頭を抱えて
伏せていたんだが…怖かった…」と。あと機銃掃射と言うとあたり一面を銃弾でなぎ払うイメージが
おれはあったんだが線路のポイントとか機関車の機関部とかピンポイントで正確に撃ってくると言っていた。


562: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/11(木) 01:02:05

>>554
目的によって機銃掃射の仕方は違う
事前に作戦があって、特定の目標を狙う場合は当然


556: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/10(水) 18:03:41

原爆関連の不思議な話
8月6日の夜から7日の晩ぐらいに中島本町周辺に家族を探しに向かったり避難途中の人が焼け跡で
真っ白なニワトリが一羽生きているのを見たと複数の書籍にあるがどうなんだろ?
被曝した人間以外の動物の話もあんまり聞かないね
長崎か広島で被曝した馬の写真はみた覚えがあるが、動物自体少なかったのか気にかける余裕がなかったのか…


588: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/12(金) 12:57:07

旭川に住む母親は、戦時中子供だったんだけど、ある日知り合いの
お兄ちゃんが家に挨拶に来て「これからアッツ島に行きます」と
言ってたのを覚えてるそうだ。
「きれいな顔をしたお兄ちゃんだったけど、死んじゃったんだねえ」と
時々思い出して言ってる。かなり苦しい思いをして亡くなったのかと思うと
切ないな。


591: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/12(金) 18:59:22

>>588

うちはキスカ!

・・・でもその後ニューギニア  OTL


589: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/12(金) 15:37:48

太平洋戦争中のある島で虐待される事も無く、充分な食料も与えられて終戦まで友好的な扱いをされた米軍捕虜がいた。
実話だが、これこそオカルト。


592: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/12(金) 19:18:23

>>589
欧米の映画じゃ、日本軍は捕虜を結構ひどい扱いしてるように描かれてるじゃん?
食料もたいして与えず、強制労働させて、みたいな
実際そうだったのかな...


594: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/12(金) 19:43:48

>>592
年末に歌われる「第9」は、米軍捕虜が歌ったのが始まりだというし
いい扱いを受けた人もいれば、問答無用で処刑された人もいたんだろうな。


621: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/13(土) 23:47:16

30 名前: ななしのいるせいかつ 投稿日: 2007/11/28(水) 17:55:28
祖母から聞いた話。

太平洋戦争最後の年、畑で勤労奉仕の仕事をしていたら、白いモンシロチョウが、婆ちゃんの周りをしばらく飛び回り、どこまでも後を付いて来たので不思議に思ったそうだ。

「この蝶々さん、私の事が好きなのかしら?」
と友達と冗談を言って笑顔を見せたら、満足したかのように青空へ飛び去ったという。

後から知ったそうだが、
その日、祖母の幼なじみで初恋の相手だった男性が、神風特攻隊員として出撃し、沖縄にて戦死した日だったそうだ。


711: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/21(日) 22:57:59

どこで読んだのかあるいは人に聞いたのかは覚えてないんだけど
そして実話か伝説かもわからないんだけど
とある日本の一部隊が敵に囲まれてあわや皆殺し、という時に
その部隊の隊長が
「部隊の皆を並ばせてからはじめに自分の首を斬ってくれ。
 そうしたら自分は走ってみせるから、自分が走った距離までの
 隊員は助けてくれ。」と言って首を斬られた、そして走った。
そして首のない隊長は部隊員全員が助かる位置まで走って倒れたという。


723: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/22(月) 02:52:31

>>711
それは外国の軍隊でも同じパターンの怪談があるね。


755: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/25(木) 23:21:11

じいさんが戦友から聞いた沖縄戦での話

夜に日本軍の偵察隊がパトロールしていると道に迷って見慣れない場所に出てしまった
位置を確認しようと隊員が集まって地図を見ていたら前方から数人の兵士が歩いて来た
暗くて良く分からないがシルエットから米軍兵士だとわかった
偵察隊とは言え物資不足で武器は錆びた軍刀と小銃だけである
相手はトンプソンやガーランドライフルなど高性能の武器でとても太刀打ちできるわけがない
偵察隊は何も出来ずじっとしていると何故か米軍兵士も何もせず近付いてきた
お互い敵同士だと分かっており顔は強張って偵察隊を睨んでいる
しかし結局何ごともなくお互いに顔を見合わせたまま通りすぎていった
しゃがんでいた隊長の尻に米軍兵士の足が当たった時、相手は
「ソーリー、サー」とまで言ったという

似たような話が西部戦線でもあり、後方に空挺降下した米軍部隊がドイツ軍と出くわした時、
お互いに全く戦う事なく道を譲り合ってしまったという話や
戦闘中逃げ込んだ穴に敵兵士が入っていて無言のまま何時間も過ごした話などがある

大きな戦争で徴兵された人間は普段から戦闘に慣れておらず
特に初めて戦場に立つ時など過度の緊張のあまりこういう事が起きるらしい
「自分が動けば相手も動く=殺される(良くて相打ち)」という心理か


756: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/25(木) 23:29:57
>>755
似たような話聞いたことあるな。お互い気付かないふりをしたって。
俺が聞いたのはマレーで英軍との話だったが。
圧倒的にどちらかが有利というならまだしも、互いに5,6人とかじゃ戦闘になればお互い死人が出るとわかってるからな。
そんな小規模戦闘で死人を出すのは嫌なんだろ。


766: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/27(土) 00:36:43

>>756

マレー戦だと、こんな話も・・・

前線を偵察していた日本軍の斥候5名が、その帰り道に英軍兵士3名とバッタ
リ鉢合わせしてしまったそうな。
しかも相手は全員ステンMkⅡやブレン軽機を構え引鉄に指を掛けた状態だった
のに対し、こちら日本軍の方は持っていたのは全員小銃のみ・・・しかも肩に
担いでいた為すぐには応戦できる状態ではなかったとか。
そんな状態にで暫く睨み合った後、日本側の隊長が「ゴルァ!!」っと一括し
た途端!有利な状態だったにもかかわらず英軍兵は全員持っていた武器を捨て
手を上げて降伏したんだとか。


712: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/21(日) 23:14:01

ここでいいのかな
お盆の頃、実家に帰ったら娘が「庭にしろい制服の人がいるよ」
帽子もかぶって、敬礼みたいなことしてたとか言った
時々変なこという子だけど、
そっち方面にばかり気をとられてもまずい
とか聞いてたので(霊感の強い子供を持つ親へのアドバイスだったかな)
適当にスルーしてたら今日TVでやってた映画「男達の大和」見てたら
将校さん指さして、この服だよ!おばあちゃんちでみたの、といってた。
海軍将校の白い制服なんて、親の私も知らなかった。ぞっとなった
海軍の偉い人?なんでうちの田舎に・・・?
確か、ひいじいちゃんは日露戦争で亡くなってるんだけど・・・
子供は寝かせた。あまり触れないことにする

とりあえず、お彼岸にお墓参りに行ってきます


719: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/22(月) 00:34:16

>>712
沖縄特攻では、斉射三回で計27発の三式弾を発射していたと思う
航空機相手だと、照準が合わせられなくなるほど接近されると主砲の撃ちようがないから、打ちまくるということは基本的に不可能
また、自艦の防空能力に干渉するので好ましいことでもない
例を挙げると、シブヤン海では武蔵が退避警報を出さずに主砲を発射したもんだから機銃員が大変悲惨なことになった
(菊水作戦の時の大和では一応対策はされていたけど)


768: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/27(土) 11:40:47

1940年のバトルオブブリテンで撃墜されたドイツ軍パイロットの話。

落下傘で田園地帯に降りたところを現地人に通報されてしまい
警官に逮捕される。
そしてその連れて行かれた先の警察署で朝食を食わせて貰う。

しかし敵兵なので軍のほうがいいだろうとすぐに地元の陸軍基地に
移送されてしまう。
パイロットがそこに着くと腹減ってるだろと二度目の朝飯を食わせて
もらうが、こいつは空軍兵なので空軍に引き渡そうという事になり
すぐに英空軍基地に移送される。

パイロットがそこに着くと応対に出てきた将校がパイロットに向かって
こう言ったらしい。
「まったく陸軍は野蛮で困ります、貴官は何か乱暴されませんでしたか?
お腹が空いているでしょう、すぐに朝食を持ってきます」


772: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/28(日) 11:46:36

>>768
のほほんとしてて良い話だなwww


774: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/28(日) 16:18:45

>>772
横だけど、どっかの戦で、多数の敵に包囲された米兵が
「俺はジェームスカーク中尉だ」
と名乗ったら、いきなり敵が友好的になったと言う話があったような(たしかとっ捕まったが)

戦争は緊張の連続だが、その緊張が途切れると、怖い人から普通の人に戻っちゃうんだろうな。


777: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/09/29(月) 10:33:48

>>774
おおっ!カーク船長!


781: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/10/01(水) 07:17:50

戦後生まれの母から聞いた話。
祖父は海軍の下っぱ(炊事担当)で硫黄島に出征。戦争末期のある日
上官(地元出身の中尉だったか少尉)に呼ばれ、「この島は明日には
アメリカの艦砲射撃を受ける。お前達まで無駄死にすることはない。
後のために本土に戻って女房にこども生ませろ」と夜中に船に乗せられ
島を離れたそうです。
しかし祖母はそんな事情は知らず、祖父は硫黄島で艦砲射撃を受け戦死。
と、官報と見舞いの毛布を受け取って、夫の命が毛布一枚と呆然としたとか。
終戦翌年祖父は復員しましたが、母がこどもの頃はまだ毛布はあったそうです。
硫黄島に残った他の人達の事を思うと、祖父達は上官に恵まれたんですね。
長文スマン。


784: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/10/01(水) 19:56:05

>>781
ていうかなんで終戦翌年復員なのか不思議だな
復員するまで死んだと思ってたってこと?


785: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/10/01(水) 20:29:28

>>784
付近の島に逃げ込んだが、米軍にとっ捕まって翌年釈放でわ?


788: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/10/01(水) 21:15:52

781です。
祖父が乗ったのは余り大きな船ではなかったそうです(同行は数十人?)。
祖父の親友は存命ですがもう話を聞ける状態ではありません。
翌年復員した理由は母も知らず、祖母が話したところによると
攻撃直前に姿を消した手前すぐに帰れなかったのでは?と言うことでした。
米軍の捕虜になってたのかも知れませんね。
祖父の上官はちょっと変わってて、この以前にも突然祖父(当時三十代後半)
を捕まえ、上官「貴様、こどもはいるか?」
祖父「娘一人ですが死にました」
上官「じゃあ一週間休暇やるから女房のトコ帰ってこどもつくってこい」
と、家に帰したこともあったと、祖母が母に話したそうです。
今年は祖父が存命なら百歳になるので、聞いた話を残しておきたいと、
スレチっぽいとは思いながら書きました。
硫黄島に残った方々のことを思うと胸が痛みますね。
ではROMに戻ります。


801: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/10/03(金) 18:39:06

>>788
オレのイメージするバロン西にそっくりな上官だな


807: 金太 投稿日:2008/10/05(日) 13:38:46
>>788
公式な記録に残らないエピソードはいくらでもあるね。
小船が一隻逃げ出したくらい、米軍も気にしないか。
硫黄島の作戦は、玉砕すら許されない「徹底抗戦」だからね。
玉砕なら突進して撃たれてお終いだけど、徹底抗戦だと
ひたすら踏みとどまって抵抗せよと。
しかし炊事兵って、あの状況で一体ナニを調理していたのだろう。
残して死なせるよりも、脱出させて明日の日本に備えさせたのか。

ちょっといい話。
終戦まもなくのニュース映画から。
戦死通知を受け取っておいおいと泣く遺族。
二通目の戦死通知が届いたw
三通目で遺族もいい加減にしろよとww
四度目に本人が帰ってきたwww
ニュース映像は、本人が笑顔で自分の卒塔婆を引き抜くものだった。


810: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/10/05(日) 22:02:48

>>807のニュース映像は想像すると和むわ


791: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/10/02(木) 10:06:06

知り合いおじいさんは終戦当時20歳だった
最近昔のことをやたら語りたがる

アル中で認知症はいってて本当かどうか分からないが
終戦3日前の夜にラジオから日本は負けて戦争は終わるから
今すぐ自決せよ、と流れてその後1時間ほどラジオが全く聞こえなくなったそうだ

そんな話しは誰に聞いてもネットで探してもないから
夢かボケ老人のたわごとだと思うんだけど
なんかこわいな


792: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/10/02(木) 15:49:41

>>791
それと同一の話は聞いたことがないが、類似するエピソードは結構あるな
ラジオ以外でも、天皇の使者がどこそこに現れて敗戦を告げたとか、
日本軍自体が戦争の終了が近いことを予告するビラをまいたとか、
枚挙に暇がない
また、逆の話として、「神風」に類似する奇跡によって、逆転勝利が
確約されたという話がまことしやかなソース(当時としては)付きで、市中に
流れたなんてのもある

大半はただの噂なんだろうが、一部には国の中枢、あるいは内地の有力
部隊からの意図的な情報流出、操作が疑われるケースも存在するらしい


797: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/10/03(金) 16:53:22

海軍出身の曾祖父の話し
寝ていた時に従兵に起こされた『あれ~この声は以前、従兵していた〇〇じゃないか?』と
不審思いながらドアを開けると、やっぱり〇〇が敬礼して立っている
『自分が亡くなったことと、従兵している時に世話になったこと』を話し終えるとスーと消えていったそうです
後で従兵の消息を調べてたら、訪問した時間は、従兵が乗っていた艦の沈没した時間とほぼ一致
戦中戦後、死者の訪問を受けたことは何度もあって
一番堪えたと語ってました


102: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/06(水) 22:59:07

このスレ読んで、未だ遠い異国の地で、自分の死を知らずに戦っている英霊がいるのでは
ないかという思いになった
潜水艦に乗って、若くして遠い海の底に沈められた祖父の兄弟は、成仏できてるのだろうか


108: 本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/08/10(日) 00:43:14

英霊たちよ、安らかにねむりたまえ




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