【歴史】明治維新って革命だろ てんこもり。


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【歴史】明治維新って革命だろ

1: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 01:23:46.78

知ってるんだが



2: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 01:25:48.18
どっちかといえばクーデターだろう

3: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 01:27:24.82
いや維新だろ

5: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 01:32:22.89
皇室が改まってないからなぁ… 
言っても改革じゃない? 




7: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 01:34:24.70

薩英戦争→1年で仲直り&武器売買
ここらへんが怪しい


16: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 01:55:10.99

>>7
その後の日英同盟までひっくるめて
イギリスの手引きの可能性が高いよなwwww


69: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 11:28:37.41

>>16
やけにイギリスから技術導入してたしな
まあおかげで発展したからいいのか


8: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 01:35:35.31

復古ですがな


9: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 01:37:50.01

軍事政権でのクーデター


10: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 01:44:46.77

名誉革命が革命なら、明治維新も革命でいいんじゃない


13: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 01:53:05.45

アジアの中では大革命だったわけ。
あれなかったらアジアは数百年遅れてたとも言われているから。


15: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 01:54:51.01

ケーキが大政奉還したからクーデターというわけでも。
あの時点でケーキは只のおっさんだったから。


18: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 02:00:17.95

日本で革命は二度起こったと思ってる
一度は明治維新、そして二度目は藤井システムだ


19: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 02:04:34.95

突然の藤井先生でワロタ


21: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 02:16:15.16

徳川家を薩長が倒しただけだろ
ただの政権交代


22: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 02:26:39.33

王政復古だろ。
革命の逆だ。


29: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 05:11:35.60

シナとチョンが弱くて助かったな 
列強がシナ食ってる間に富国強兵出来て


31: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 06:52:55.20

革命っていうより民主主義やってたところにもと王族がふたたび
独裁国家に戻したかんじ

民主化の真逆だね中世化というかな


32: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 06:53:25.90

革命ー農民が王政を倒す
維新ー武士が公のため自らの階級を自滅させ王政を復活させる


36: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 07:02:29.09

>>32
そう考えるとすごい特殊だよな


34: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 06:56:06.76

佐幕開国でも西洋化は達成されただろうし中央集権ではない
自由で風通しのいい国家になったに違いないね江戸時代のほうが
立憲君主制みたいになってて明治維新以降は天皇陛下が国家なりの
北朝鮮みたいな中央集権が続いてる


47: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 07:53:24.88

>>34
ガチのバカ。


35: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 06:58:02.43

革命が行われたのは長州一藩のみ。
薩摩は何も行われてない。だから西南戦争に繋がった。
(ま、長州でも小さい反乱はあったが)


39: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 07:08:54.89

革命ってのは王様倒すことだろ
明治維新は幕府倒しただけで朝廷には危害加えてなくね


44: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 07:36:42.58

>>39
その幕府も、民衆によって倒されたわけではなく、
別の政権によって倒され、取って代わられたわけであり、
これは革命ではなくクーデターである。


42: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 07:18:07.71

今の基準で言えば間違いなくクーデター


59: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 10:56:15.36

名誉革命も革命と名は付いてるが分類はクーデターだから
明治維新もクーデターだろうな


62: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 11:02:47.62

革命でもクーデターなんでもえーよ
徳川のような独裁暴君を廃しただけでも意味合いは非常に大きい


63: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 11:06:08.78

今の日本があるのは絶妙の歴史をたどったんだとおもうわ


64: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 11:16:48.70

「内戦したら英仏の思惑通りで清国みたいになっちゃうぞ」と
ひとかどの人なら日本中で判っていたのに戊辰戦争までやらかしてる
間抜けな話だ


68: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 11:24:37.70

ぶっちゃけると関ヶ原の仕返し、的なもの


72: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 11:31:33.66

昭和の敗戦を迎えてなお未だ日本を牛耳ってる明治政府の残党
この残党を消したら日本の夜明けが来ると本気で思ってた高校時代


73: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 11:32:36.33

>>72
病院やら公共施設の数は西日本と東日本で全然数が違うらしい。


77: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 12:04:28.20

革命とクーデターてどうちがうのさ


93: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 12:58:39.99

>>77
革命        下が上を倒して政権を握る
クーデター    上が別の上を倒して政権を握る


78: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 12:21:41.58

ただの政権交代だろ。ちょっと派手だが。

朝廷(天皇)を打ち滅ぼしたわけでもなし


80: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 12:32:54.52

天皇を持ちだして錦の御旗で神輿担いで自分達に正当性を持たせたからな。市民だけの民衆革命とかクーデターとは違うし?

ま、江戸が続いて今もチョンマゲだったら・・・今の方がイイナw。


84: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 12:43:42.36

革命は市民がやるもんだろ。
これは反乱だよ。


85: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 12:47:12.84

反体制派が落ちぶれた王家を神輿にした構図は革命といえるのだろうか


92: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 12:56:46.64

江戸幕府成立時点で薩摩藩と長州藩の裏切りを見抜いていた徳川家康がガチ


106: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 13:19:05.16

>>92
じゃあ潰しとけよ馬鹿
島津は厄介な相手だし潰すとなるとかなり抵抗されるだろうが
毛利なんて腑抜けだったじゃねえか


109: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 13:25:44.66

王様を殺すのが革命


113: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 13:56:43.92

意外と知られてないがアジア、アフリカが本格的に植民地化されたのは1870年以降
明治維新の段階ではインドシナはフランスに支配されてないし、フィリピン南部のイスラム勢力も
スペインに支配されてない
インドネシアのアチェ王国も独立を保ってたし、アフガニスタンもイギリスを撃退していた

日本が富国強兵やってた頃に、どんどん世界は分割されていったんだよな


124: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:17:30.51

>>113
直接支配し始めたのは、それくらいだが、
植民地の道を歩み始めたのは、ナポレオン戦争後だな


294: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 15:24:19.78

>>113
植民地に欧州の母国語を、教えて奴隷化始めたのがその時期で、実質支配はかなり前からだろ
歴史を捻じ曲げる奴らって浅いんだよ


115: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:02:51.21

なんで薩長とかいう日本の端っこの国に徳川は敗れるんだよ?


132: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:38:37.34

115
薩摩の場合はむしろ端っこだったから、幕府の監視が届かなくて強大な軍事力を維持できたんだろ。
薩摩藩の場合は、端っこにあるから薩摩に用のある旅人以外は藩内に入れないですむ。
他藩の場合は、その藩に用はなくても通り抜ける人のために、街道の通行を許す必要があり、
どうしても情報が漏れてしまう。
薩摩藩は藩外からの出入りを厳しく制限していたので、兵力を蓄えることも密貿易もやりたい放題で、
富を蓄え軍備も蓄えていた。


119: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:10:23.43

>>115
金があったから。


117: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:08:55.69

>>115
薩長は鉄砲を沢山隠し持ってたん
じゃないかな


122: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:15:42.60

>>117
赤備えの国とか戦国以来の伝統を引きづってたようなとこは論外としても
幕府軍は薩長よりも金にあかせて揃えた装備の質自体は上だった。
劣ってたのは戦術。


136: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:45:53.56

>>122
戦術よりも、幕臣の気概の問題だろ。
幕臣は完全に事務官僚化していて、戦などする気概は失われていた。
幕末に旗本に出兵を命じても、戦場に赴くのを嫌がって幼い子や孫に
家督を譲って隠居してしまう旗本が続出したりで、将軍家直属の
手勢は無いに等しい状態だった。


138: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:55:29.31

>>136
それはそうだけど江戸に残ったやつらはともかく自ら上方に登った
連中は士気も人数も低くなかった。


141: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:58:36.88

>>138
その気概のある旗本御家人の数が異常に少なかったんだろ
大体京の治安を新撰組なんてものに頼ってる時点で


144: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 15:21:19.98

>>138
上方に上った連中の大勢は、幕府の直参ではなく幕府の召集に応じた
譜代や親藩の藩士や、新撰組のような百姓浪人。
幕府は軍艦を買ったり、新式の武器を輸入して、フランス軍人を招いて
軍事教練を実施したりもしたが、なかなか教練に人が集まらなかった。
やむなく各役に割当を行なったが、結局そこに参加したのもまた、
直参本人ではなく、旗本に雇われた小物や浪人がほとんど。
海軍奉行時代に勝海舟が創設した海軍操練所も当初は幕府の旗本御家人から
召集するはずがったが、実際には幕臣はほとんど集まらず、坂本龍馬や
陸奥宗光などの脱藩浪人や他藩の無役藩士などばかりになった。
というように、幕臣の士気は全体的に極めて低かったと思われる。


116: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:08:52.93

幕府政権が続いてたら少なくとも身分制度破壊はできなかっただろうな。
そうなると国民軍もできないし。


158: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 18:43:24.48

>>116
黒船来航もなく明治維新もなくても、早晩ほとんどの大名も幕府も
財政破綻していたと思うがな。
身分制度とはいっても、江戸時代のそれは経済的には武家はまったく優遇されていない制度で、
制度が継続して貧乏くじを引き続けるのは武家だったから、長続きしなかったと思う。'


123: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:16:30.04

王政復古とかむしろ懐古的で革命とは正反対
天皇も幕府も潰して百姓政治が行われないと革命じゃない


125: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:19:17.15

百姓として生まれた伊藤博文が初代総理大臣になったんだから。


127: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:20:34.94

500年後の歴史の教科書だと現代はまだ明治維新最中だよ


135: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:43:16.07

>>127
500年後はアメリカ帝国の領地として描かれてんのかなとか思う
東欧がかつての元の領地として描かれるように


130: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:27:30.12

経済力を武器に織田軍が数万の兵で田舎の豪族の城を攻め落としていったのに

薩摩と長州が銃と軍艦を手に入れただけで
経済力のある江戸幕府が降伏するのが想像できん
準備不足か


137: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:50:12.00

腐っても400万石、装備品は幕府のがよかった。軍艦なんかは比較できないくらい幕府のが上等品。
フランスの軍事顧問を雇って学んだ密集陣形戦術がよくなかった。
武器の進歩で時代はもう散兵戦術。外国人を雇う余裕なんてなかったが
大村が本見て訳して浸透させた。


139: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 14:55:33.84

何でもそうだけど人間の差かあ


143: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 15:17:40.79

幕府滅亡の遠因を御三家の水戸が作ってるってのが面白い。


179: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 22:56:29.62

>>143

水戸徳川家は昭和の時代、
「大日本史」完成の功績に対して
侯爵から公爵に特別に昇爵した。
こういうケースは徳川一門で水戸徳川家だけ


161: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 19:08:11.59

>>143
でも、これだけの政権にしてはソフトランディングだよな
過去、幕府が倒れる時は国が真っ二つに割れるような戦いが起きてたこと考えると
最小限の犠牲で政権移譲できたと思う
徳川光圀に先見性があったのじゃないだろうか


177: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 22:54:25.51

>>143
>>161
水戸徳川の経緯は面白いよ。
将軍を(直接は)擁立しない代わりに他家のご意見番たりえたし、江戸時代を終わらせる役割を果たした一方で、徳川家の使命に忠実でもあった。


149: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 15:39:58.90

革命そのものだな。
池上本門寺を要塞にし薩摩軍が江戸の町を火の海にするテロ計画を西郷が進行してたの
を察知した海軍奉行の勝海舟が、対談し、テロ未遂に終わらせ、二人の墓はなかよく
洗足池にある。
勝海舟の功績は大きい。


152: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 15:44:40.22

>>1
新政府の最高首脳に尾張徳川家が入ってた。
これだけで徳川家を倒す戦いだってのに
無理がある。

新政府が江戸に進軍出来たのは
尾張徳川家の殿様の街道を
つつがなく新政府軍を通せ!って
命令を徹底させたから。


153: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 15:47:28.65

薩摩の西郷隆盛は元は革命派だけど、
革命で新政府が樹立されると、それまでの武士の職がなくなった
それを考えた西郷は武士の味方に立ったんだな
西郷は最後には自分が加担した新政府と戦争することになる、そして死ぬ


159: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 18:52:27.11

そもそも「革命」というのは市民が王権を打倒すること
武士により王政復古がなされた明治維新はどう見ても「反革命」
日本において「革命」が為された歴史は皆無でこの国を変えてきたのは
常に「武力」であった。
武士による「武力」とアメリカ占領軍による「武力」である。
この先、劇的改革を行うにも多分「武力」を背景にしないと無理だろう。


163: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 19:13:13.69

>>159
>「革命」というのは市民が王権を打倒すること
別に「革命」という言葉に主体者を市民に限定する意味ないや。
かつ「市民」の定義も曖昧だし。
明治維新の主役を担った西郷だの大久保だの伊藤だの坂本だのは支配者といえるほどの身分ではない。
西郷や大久保は江戸近郊の百姓であった新撰組の近藤や土方なんかよりも貧しい暮らしをしていたし。


165: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 19:38:45.20

徳川家はなぜ15代誰も海外進出しようとしなかったんだろうな
家康も信長秀吉ほど領土広げるのに血気盛んなタイプではなかったと思えるしやっぱ血なのか?
徳川幕府260年間日本は時が止まってた
織田、豊臣、武田の血が政権握ってたらペリーなんかに舐められることもなくとっくに世界一の列国になってただろうな


166: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 19:52:01.33

>>165
秀吉の朝鮮征伐見てて
朝鮮なんて取っても旨味がないってわかったんだろ
日本が大陸進出を企てたのも対ロシアにおける必要性からだろ
ロシアが南下を企てなければ朝鮮併合もなかったんじゃないか


174: 名無しさん 投稿日:2014/05/22(木) 22:21:47.70

>>165
領土広げたらそのまま列強になれるというわけでもない。
そもそも清だって外征で領土は増やしまくったがあのザマだし
スペインもオランダも盛時はともかく、すぐに衰退したし
むしろ産業革命やら、その下地の科学技術や啓蒙思想の発展なんかが大事


207: 名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 07:08:40.12

>>165
歴史的に見て、領土拡大は3つの理由がある。
・独裁者による自己満悦のため(本人にはそれなりの理由はるのだが)
・領土拡大をする他国に対抗する自衛的なもの(明治以降の日本)
・飢えた民のお腹を満たすための略奪的進行(中国に多い)

4代目以降の将軍は独裁者でなく筆頭株主的な立場で、あくまで政治は老中中心の
幕府がやってたから、野心があっても兵は簡単には動かせない

領土拡大は鎖国なんてやってて、海外に行ったこともない一部の連中しか
外国の情報が入っていなけりゃ「海があるから大丈夫でしょ」って楽観論で片が付く。
目の前に黒船が現れ一気に軍拡化、海外進行したわけだが

あと、民にいたっては、江戸時代中期以降は『グルメ本』まで出てたぐらいだから
飢えとは無縁だろ。他の土地に手を出す必要がなかった。


213: 名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 08:14:12.85

>>165
秀吉の大陸進出方針を徳川が引いついでいたとしても、大陸進出は成功しなかったと思うぞ。
朝鮮は手に入れたところで貧しすぎて、日本の国益にはならなかったろう。
秀吉もはなから朝鮮などは通り道であって、目標は明朝を下すことだったわけだが、
秀吉の時代には末期の明朝が疲弊し尽くしていたから日本が勝てる目もあったが、
その後間もなく、ヌルハチが女真を糾合し満州を勢力下に置いてしまった。
後に後金→清朝と成長する勢力であり、勢いもあり士気も高い軍事勢力が朝鮮の北側を塞いでしまった。
女真は同じく北方に成長を持っている蒙古とも同盟を結んでいたから、
朝鮮半島から大陸への出口となる一帯は軍事的に充実してしまった。
たとえ徳川が朝鮮を攻略したとしても半島止まりだったと思うし、清朝が成立した後、
清朝は当然朝鮮半島にちょっかい。出してくるだろうが、初期の清朝とガチンコで
戦をしては家康亡き後の徳川幕府が持つとも思えない。


188: 名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 00:51:39.71

純粋に人材が足りない事情があったとはいえ幕臣や所謂逆賊な藩からも
優秀なのは引き立てられた。
例えば奥羽越列藩同盟が逆転勝利を収め全国統一してたら長州薩摩の人間を新政権に迎え入れたりしたろうか。


194: 名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 02:42:33.81

>>188
そんな感じで倒幕後は、世界に通用する日本政府作りしてたみたいだね。
うちらが書き言葉と喋り言葉を一致させたのもこの時期らしい。
それ以前は、文章と話す言葉は分けて考えられてたんだって。
実際にオランダやアメリカから新政府作りの参考に呼んだ外国人達から指摘されて変えたらしい。
おかげで今現在は、今日も晴天が美しく候。
とかしないで良くなった。


211: 名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 08:03:50.93

>>188
でも一番優秀だった小栗上野介は殺されちゃったよなあ


198: 名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 03:22:31.30

それにしても明治維新ってよく日本でやれたなぁって思うけど。
日本人ってだいたいが従順だからさ。
やはり黒船のgdgdな幕府の対応とかで俺たちでも日本の中央政権を倒せる、あいつらは程度が低過ぎる!!って火付けちゃったんだろうね。


203: 名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 04:19:58.76

坂本龍馬という世渡り上手


204: 名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 04:34:49.93

明治維新や御一新や大政奉還は当時そう言ってたし歴史用語だし
それが革命かクーデターか分類して教えるのは自由だけど
明治維新や御一新や大政奉還は当時そういう言葉があったと
教える必要はある


224: 名無しさん 投稿日:2014/05/23(金) 13:41:14.63

でかいリスクとった割りにはリターン超微妙な薩摩と長州の殿様が一番革命やらかされた感が強かったかも。
西郷に騙された!ってエピソードは有名だけどもそうせい侯の方はどうだったんだろうか。


240: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 02:10:37.15

薩長がイギリスと戦争して、一年後にはイギリスから大量に武器もらってクーデター起こしてるから

まあ普通の国なら内乱して衰退→英米仏が乗り込んでくるという流れだよね

徳川幕府が全く戦わず、戦後より長い政権をタダで譲った
しかも薩長よりでかい大名達も戦争無しで従った
民衆は大喜びで黒船にボートで近づいて見物していた

こうしてみるとまあ日本人ていまとそう変わらんのじゃね?徳川も薩長も大名も欧米やべーよなんとかしようぜって感じだったんじゃないの?


245: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 02:22:39.85

>>240
坂本龍馬のおかげもある。
大政奉還は、ネタ元は勝海舟だけど形にしたのは坂本龍馬だし。


241: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 02:17:14.84

大阪や東京、名古屋の都会の大名達がまあしゃあないよねっとイギリスから支援受けて武器もらってる九州のクーデター起こした人間にやれやれと従った訳だ。住民も誰も文句も言わない、パニックも起こさない

昔の書とかには黒服が町民に大人気!お祭り騒ぎ!!とか書かれてるし

明治維新って結構いまと変わらんのじゃね?原発事故起きても誰も文句も言わないし、でも海外のようなパニックも起きないし


250: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 03:01:12.19

薩長土肥出身者が維新の功績で政治の中枢に行けたというのに、なんで鹿児島、山口、高知、佐賀は田舎なんだよ!
自分の故郷に愛はないのか!!


255: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 03:56:46.13

>>250
土佐は三菱が国あげてバックアップしてるし鹿児島は南北戦争起こしたろ。
しかも新政府の中枢に居た張本人がさ。
山口は言わずもか。
現在も世俗しつづけてるだろう。
佐賀ってどこだっけ?


260: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 04:32:37.14
>>255
佐賀も南北戦争の前に不平士族が反乱して新政府と戦ったのだ…俗に言う佐賀の乱だ
指揮官は江藤新平、政府の要職にいたが西郷とまったく同じ流れで反乱軍のシンボルに祀り上げられて負けて斬首された

江藤新平で検索したら首の写真が上にくる

しかし、なんで征韓論なんかで揉めたのかねぇ


264: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 04:57:19.36

>>260
維新をして和魂洋才を選んだ明治政府が朝鮮にも日本と同じにしたらどうかと
使節を送ったら、日本は野蛮になったと朝鮮から非礼の数々をうけて、
それを知った日本の在野の不平士族が朝鮮は無礼なり討つべしとなった。
元々不平士族は明治政府に色々な面で不満を鬱屈させていたから
この要求を拒否すると明治政府が瓦解すると思った西郷、板垣、江藤が征韓論を支持したが
この時期に朝鮮征伐をしたら欧米列強につけこまれるとした、大久保、伊藤、大隈、岩倉が
反対の立場をとった。その直後に不平士族の怒りの矛先をかわす為に台湾征伐をした。
しかしそれでも不平士族の怒りは収まらず、西日本各地で反乱がおきた。


267: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 05:23:10.65

黒幕はイギリス、特にある1人の人物だな。
名前は誰でも知ってる・・・

・・・おっとこんな時間に誰か来たようだ。


272: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 05:54:18.01

>>267
イギリスは当時世界最強だけど極東の日本をコントロールできる余力はないよ。
薩英戦争ですら結果的には引き分けになってるように。
イギリスのスタンスはフランス、ロシア、アメリカのどれかが日本利権を独占しないように
反対勢力を支援して自国の利益と極東の軍事バランスを保とうとしただけで
他の列強より独占的に日本に影響力があったわけではない。


273: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 06:02:52.46

天皇家って国を支配しようとする層からしたら扱いにくい存在よな、まぁ昔の話だが

滅ぼすのは容易いが国中が敵に回る可能性が高いし、かといって担ぎ上げて傀儡にするにもちょっと意見が衝突した途端に政府の支持率がナイアガラの滝

つっても昭和や今ほど国民のシンボル的なイメージが一般に浸透してたのか疑問だ


274: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 06:55:54.32

鎌倉足利将軍ではちょっと厳しいにしても
秀吉と家康~家光あたりでは腹括ってやれば
天皇にとって変われないこともなかったんじゃなかろうか。


275: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 08:27:53.64

日本の歴史における天皇、朝廷の存在は頭の悪い俺には理解に苦しむ

欧州におけるローマ教皇のような宗教的権威に近いという説があるが、
キリスト教は庶民に浸透してたが天皇に対する畏敬や崇拝は明治以前の庶民に浸透してなかったし
そもそも存在すら認識してない者も多くいた
諸大名にしても天皇の存在を重視する勤皇がどれだけいたのか

幕府などの時の権力者はなぜ天皇、朝廷を廃さなかった
あるいはなぜとって変わらなかったのか


317: 名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 00:29:57.64

>>275
西洋人は日本には朝廷と幕府、二つの政府があると見ていたらしい

そもそも幕府とは本来政治を司る場所ではなく、あくまで暫定的な軍政キャンプのようなもの
それが永らく日本の歴史に君臨してきたところが面白いというか特殊だよな


280: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 10:05:40.41

まぁ天皇の立場なんて時代によってかなり違うからね。
徳川将軍家が将軍宣下にもまともな上洛参内をしなくなって、上座のまま勅使を迎えたりするようになった全盛期には完全に今の象徴天皇より低い立場でしょ。

今で言うならそうだな、伊勢神宮とか出雲大社の宮司さんとかそんな感じじゃないのかな。


277: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 08:51:00.92

広義では革命だけど狭義だと天皇制ぶっ壊さない限り革命とみなされないんだよな


279: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 09:05:41.21

実質的な王朝である徳川幕府倒したんだから革命で間違ってはいない


318: 名無しさん 投稿日:2014/05/25(日) 00:33:13.43

慶喜も大政奉還(明治維新の骨格=王政復古)を否定しなかったからな。
コンセンサスは倒す側・倒される側共にあった。
徳川250年が臨時政府だったんだな。


254: 名無しさん 投稿日:2014/05/24(土) 03:49:08.86

徳川という大領主を毛利、島津という地方領主が連合してやっつけた

というくくりでは語れないところが明治維新が世界の歴史的に見て特殊であるところなんだろう

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非公開コメント

♯51373
うちの近所連中、生き残ってるけど、維新の時に戦ったという話は聞いてないねん。

やっぱり、尾張徳川家の殿様のせいでは。

幕府内の内輪もめ、でしかないんだろ。
身分制度は、各藩(くに)によってまちまちで、
土佐の身分制度は、薩摩や天領でも、通用したかどうだか?

ちなみに、幕府は、幕府のことを朝廷と呼んでいた。という説がある。
♯51375
>>34
征夷大将軍も内閣総理大臣も天皇が任命してんねんで、
日本の学校じゃないと習わないかもしれないけど。
♯51376
禁門の変〜の小五郎の気持ちで夜道を歩くと涙がでてくる
朝敵にされた上に、明日にも自分の国が滅亡するかもしれないことは、胸中身を引き裂かれるほどのものだっただろう
最後には勝者になったがね!
♯51392
幕府が開国するって言ったら、それに反対する薩長たちが革命を起こし政権を分捕って、
いざ世界情勢を改めて見たら開国するが吉というのが明治維新だろ」
かうんたっく

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