【セピア】二度と会えない友達 てんこもり。


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【セピア】二度と会えない友達

1: 大人になった名無しさん

転校・ケンカ・自然とフェイドアウトetc…
あんなに仲良かったのに、今更連絡することもない、又は連絡がとれない。
青春時代を分かち合ったそんな友達とのエピソードを聞かせてください。



10: 小麦 ◆NocaQMogIc
中学の頃、仲良かった友達がある日早退した。 
「どうしたの?」って声をかけても無視。 

後々知ったのだが、夜逃げしたらしい。せつなかった。

20: 大人になった名無しさん
高校の時の友達。 
その子がクラスにいたおかげで私は変わることできた。 
小4から中学まで友達がいなくていじめられっこの無口の根暗だった。 
だから、高校はいい高校行きたいと思い地元では中堅の高校に受かった。 
でも最初は話すことできず中学までと似たような状態だった。 
その子もクラスでは一人でいたのだが声かけることできなかった。 
春の遠足でバス移動の時に、向こうも一人だったから「一緒に座ろう」と 
声かけてくれた。 
遠足先でも一緒に行動し、その次の日から一緒に行動する機会が増えた。 
でも高2の夏休み終わってからすごく変わり学校へ行くことがバカらしく感じたのか 
グレた感じになってしまった。 
そして高校辞めたいと言いだし、親や先生といろいろ話し合った結果、定時制の高校へ 
編入した。 
私と違って地元でずっといたい(一時的に離れてもまた戻りたいというのも含む)と 
いう考えなかったからもう会えないだろうな。 
高校の時から外国へ行きたいと言っていたし、外国の子と文通していたことあった。 
「アメリカで3年いたら次はイギリスへという生活したい」とも言っていた。 
今は外国にいるのだろうな。 



21: 一応ノンフィクション

4歳の頃母が妊娠した。
その検査をするために、市内で一番大きい病院に行った。
母と2人で行ったため、俺は検査の間一人で待っていなくてはならなかった。
適当にその辺をうろついていると、俺と同じように暇している俺ぐらいの男の子を見つけた。
俺は声をかけた。話を聞けば、なんと彼は偶然にも俺と同じ名前だった。しかも誕生日も
一日違いだった。さらに話をするとあっちも俺と似たような境遇らしい。よっしゃ、遊ぶか。という事になり病院内で遊びまくった。
それから何時間起ったか覚えていない。ただ綺麗な夕日が照っていた事を俺は鮮明に覚えている。
検査を終えた母が迎えにきた。「○○(←俺)帰るわよ」
俺は彼ともうちょっと遊んでいたかったので駄々をこねた。「○○君ともうちょっと遊ぶ~」
「ん~○○君ってだれ?」彼は居なかった。
帰りの車の中、俺は彼の事を一生懸命母に伝えた。
しかし、母は笑っているばかりだった。
このスレを見て、彼の事を思い起こした時、俺はこう思った。
彼は神様がくれた一日限りの友達なんじゃないかってね


22: 大人になった名無しさん

中学の頃の親友M、いまどうしてるだろう。
思えば変な奴だったよな~。
高校が別になって最初の冬休み、突然俺の家に来て
「昨日、学校に行って休みの宿題全部提出してきた!」
と自慢げに言ったんだよね。
で、俺がもう冬休みの宿題だしたのかよと感心すると、
M「ううん、夏休みの宿題。」

その後、造園会社に就職するも「力仕事はきつい。」と言って半年で退社。
そんでもって就職活動中の俺の家にやってきては、なぜか俺に就職の相談をしていたな。
「どの仕事が俺に向いているかな?」って求人誌持ってきて・・・。

音信不通になってから数年、元気にしてるかな。
いろいろと目が離せない奴だっただけに、いちばん気になるんだよな。
まあ性格からして2ちゃんに出入りしてそうな奴なんだけど。


32: 大人になった名無しさん

小学校の時ラオスの難民の子達が何人か編入され、そのうちの二人と友達になった。
卒業し、中学生になった時、2人とは離れ離れに。
一人は学力が追いつくまで他の小学校に再編入。
もう一人は在学中に白血病で亡くなった。
枯葉剤というものの恐ろしさを知ったのはその時だった。
薬の副作用で髪の毛が抜け落ち、学校生活の半分を保健室で過ごしながらも一生懸命日本語を勉強していた彼女。
2年ほどの短い付き合いだったけど未だに忘れられない。


40: 大人になった名無しさん

転勤族の子供は悲惨だとおもう
親父J隊なんで4、5年置きに転校してました
気さくな性格ならいいんだが、慣れにくいと最悪。

沖縄にいたころ・・・転入直後初めて声かけてくれた香具師で、喧嘩も派手にやったけど
途中でそいつが青森に転校。相方を無くしてしまった、
そういう折れもその2年後に鹿児島へ 瞼の裏に顔がない状態で浮かんできまつ。
不思議と声だけは覚えてるんだが。


47: 大人になった名無しさん

自分も小学校を転校したんで幼なじみの記憶が無い。
就職後も転勤を6回してるんで長いつきあいのヤツはいない。
考えてみると寂しい人生なのかも。
家族がみんなまともなのが救いだなぁ。


48: 大人になった名無しさん

中学の頃、アホなことばかり話してた仲良しがいた。
みんなの前ではおとなしいけど仲間内じゃ一番面白い子だった。
私は県外受験で遠くの高校へ行き、彼女は地元の女子高に行った。
引越しする朝、彼女の家のポストに手紙を入れてきた。
この家にくるのもこれで最後かと思うと切なかった。
高校に入ってから一年ほど手紙や電話のやりとりが続いたけれど
学校があまり楽しくないらしい彼女はいつも私に「逃げ」を求めてきた。
もし近くにいてあげたら力になれたかもしれないけど
遠くの私に頼ってばかりじゃこのままだと駄目になると思って
しばらく連絡をとるのをやめてお互い頑張ろうという手紙を書いた。
甘えてごめん、一人で頑張ってみるという返事をもらってそれっきり。
今でも住所知ってるけど、なんか連絡がとれない。
元気かなあ、あの時突き放してしまってそれきりだけど時々心配になる。


49: 大人になった名無しさん

>>48
たまには連絡しれみれば?
向こうからは連絡しづらいだろ


69: 大人になった名無しさん

>>49
俺もそう思う。


54: 大人になった名無しさん

いなくなる友達って多いよなあ
小3で転校してきて小4暮れに引っ越した子や
小5のときに仲がよくなったと思ったらその年の12月に転校したり
小学校に入ってから中学・高校ととても仲がよかった香具師も
高一の2学期入ってまもなく交通事故にあって・・・ 見舞いに行った時は愕然としたよ
目のところはガーゼで覆われており、体中にチューブが付いていて酷いもんだ
ほぼ脳死状態で事故ってから二週間後に死んだ・・・

何年も経ってから昔の友達に突然電話するのってきつくないですか?


59: 大人になった名無しさん

>>54
。・゚・(ノД`)・゚・


56: 大人になった名無しさん

実家の隣に住んでた幼馴染。
写真だと、生後8ヶ月くらいから一緒にいたみたい。

小中と同じ学校で、この時期の男女の壁もなく
なんだかんだ言って頻繁に一緒に遊んでいて、
高校では一緒にバンドやってたりした間柄。

お互いが東京に出てしばらくは親交もあったけど
次第に疎遠になり、オレとしても【実家に帰った時に会えば】
位の感覚で気にも留めないでいた。
でも、実家に帰れば帰ったで、他の奴等と遊んだり
で会う事もなく、部屋の電気が点いてるのを確認して
【あ、帰ってるな】と確認する程度でした。

そんなこんなで10年が過ぎてオレが地元に戻って来た時
すでに隣の家は空き家で、近所の人や同級生に聞いても
転居先は分からずじまいで、結果として二度と会う事も
話す事も出来なくなってしまいました。
いつでも会えるからイイやという気持ちから、大切な
友達に二度と会うことが出来なくなってしまいました。


57: 大人になった名無しさん

>>56
そういう友達はいつかどこかできっと会えるさ。


58: 大人になった名無しさん

>>56
そうだよ。またポッと会えるよ。


63: 大人になった名無しさん

仲良かったけど卒業を機にいつのまにか疎遠に。
大好きなともだちんこで、しょっちゅう夢に出てくるけど今更連絡できないんだよなー。
会いたい人はそんな人ばかり。


64: 大人になった名無しさん

俺も、夢には出まくり。
成人式の日に地元帰ったときに、ちゃんと遊びたかったな・・・って何年前だよなあ。

このスレのせいで、数年誰にも出してなかった年賀状を
今年は検討している自分が居ます。
良スレage


65: 大人になった名無しさん

昔の友人が、世間の荒波に耐えられず溺れて行き、地元で引きこもってる。
(しかも鬱や分裂病になった香具師まで・・・。)

彼らの気持ちを考えると、連絡取りたくても躊躇してしまう。
何かしてあげたくても、自分のことで精一杯で、本当に親身にはなってやれないしな。

このまま二度と会うことも無い香具師も出てくるんだろな。。


68: 大人になった名無しさん

幼稚園の時から家が近くてよく一緒に遊んでいたMちゃん。
1年生に上がって途中で市内の別の学校に引っ越しちゃって、
最初はおばさんから転居のハガキとか届いてたんだけど
そこからまた今度は市外に引っ越しちゃったらしくて音信不通に・・・。
Mちゃんは小学校時代学級委員に選ばれたりしてた優等生だったらしいけど
いまどこで何やってるのかなぁ。

あと同じ幼稚園にいた耳が不自由で補聴器つけてたK君。
K君とも家族ぐるみですごく中がよかったんだけど3年生の時
引っ越してしまった。
K君は耳が聞こえなかったからよく聞き間違えてしまって
「しの」ちゃんって子がいたんだけど「しの」ってうまく発音できなくて
「しね、しね」って呼んでてしのちゃんに「先生、K君が私に死ねって言います」
って泣かれて勘違いされて、K君とても寂しい思いしてたんじゃないかと思う。
うちによく遊びに来てくれたし、一緒に漫画を読んだりもして楽しかった。
それにお母さんのしつけがいいのか優しい男の子だった。
会いたいなぁ。


72: 大人になった名無しさん

家族で飛騨高山に旅行に行ったとき、たまたま旅館で仲良くなった
同年齢の椰子がいたのさ。
ロビーや浴場で遊んだりして、楽しかった。
翌日の朝、「縁があったら、また。」
と言って別れたけど、元気かな、あいつ。
今から20年以上も前の話です。


90: 長文スマソ

中二の時、大阪から転入してきたDくん。
妙に気が合っていろんな話をした。
でもからかわれるのがいやで話をするのは放課後。
場所は屋上にでるドアの前だった。
汚いマットに座って毎日下校時間までいろんな話をした。
夏休みも私の家の前や近くの河原でほぼ毎日話しをした。
兄が”お前ら付き合ってるのか?”って誤解するくらい会ってた。
友達の話や好きな人の話、他愛のない話ばかりだったけど
とても楽しくて大切な時間だった。

3学期になってからDくんはボーッとする事が多かった。
心配だったけど聞かれたくないようだったので何も聞かなかった。
2月のある日、いつものようにマットに座って話をしていたら
Dくんが突然抱きついてきた。
抱きついたまま声を殺して泣いていた。
びっくりしたけどしばらくそのままでいた。
そしてDくんはいきなり立ち上がって
「今日はもう帰るわ、バイバイ」といって階段を下りていってしまった。
そしてDくんは何もいわずに次の日に転校してしまった。

夜逃げ同然でこっちにきて、ここにもいられなくいなって夜逃げした、と
Dくんの近所に住んでいた子が教えてくれた。

あの切ない泣き方は今でも忘れられない。


92: 大人になった名無しさん

>>90
せつないな…


95: 大人になった名無しさん

>>90
せつないね
高校の授業で読んだ山田詠美の「ひよこの眼」を思い出したよ
あれにくらべればD君はまだ幸せだったのかもしれない


106: 大人になった名無しさん

大切な親友、一生付き合っていくと思っていた仲間。
でも親友が自分が好きだった人と付き合い初め、
なぜか裏切られた気持ちになってしまって自分から離れていってしまった。

もう5年も前の話だけど、今ではたったそれだけの事で大切な仲間を捨ててしまった事を凄く後悔している。
若かったんだなぁと思う。
又聞きで、その親友はその人と結婚して子供も出来たらしい。
あの仲間は今でも楽しくやってるんかな?

今では浅い人間関係しかなくて、少し寂しい毎日を送ってる。
あんなに深い付き合いができる仲間はもう出てこないかもしれないな。
苦い思い出です。


131: 大人になった名無しさん

小・中・一緒だった地元の親友がいたよ。
苗字が一緒だったから、名簿で並ぶ時にいつも後ろにいたから
仲良くなって中学の時はクラスが変わっても3年間毎日一緒に帰ってた。ちょっとうるさいくらいの、賑やかな奴で、人気者だった。
こてこてのボケ人間で、今俺がツッコミばっかりしてるのも
あの中学の3年間があったからだな・・・って思う。
頭が悪い奴で、先生に「あいつに勉強を教えてやってくれ。お前やったらマジメに話も聞くやろ?」って言われて受験の年は毎晩教えてたな~
算数から・・・九九を中3の夏にやっと覚えて先生に誉められて
うれしそうにしてた顔は今でも覚えてるな~。私立の高校になんとか
受かって嬉しそうに俺に一番に報告に来てくれた時は一緒に泣いちゃったよ。
高校は違ったけど、家が近かったしよく夜中でも遊びに行ってたな~。
高校卒業してから、一緒にバイトしたりもした。
でも、そのバイトが悪かったせいで鬱病にかかっちゃって・・・
今は、訪ねて行っても俺らまで怖がるしまつ・・・。門前払い状態で、ドアも空けてくれないで、話すからもうずっと顔を見てない・・・
昔の明るくて人気者だった頃に早く戻ってほしいでつ。
また家に行ってみよう・・・。ドアくらいあけて顔だけでも見せて欲しいな。


136: 大人になった名無しさん

>>131
その友達ちと俺とかぶる


137: 大人になった名無しさん

>>131>>136がここで運命の再開だったらいいな


139: 大人になった名無しさん

小さい頃一緒のアパートに住んでいたあやちゃん。
一個年下で、幼稚園生のあやちゃんに、来年からは一緒に学校行こうねって行ってたのに
卒園してすぐ、お父さんの実家に引っ越しちゃった。

最初はいじめてごめんね。もう一人アパートにいたEちゃんとよくひっぱたいたりしてたよね。
それなのにEちゃんが引っ越しちゃったあとの私と一緒に遊んでくれてありがとう。
おもちゃも引っ越す時にいっぱいくれたよね。会いに来るって約束してくれたよね。
結局一度も逢えてないけど、元気にしてるかなぁ。

引っ越しの日、ぎりぎりまで会いに行かなかったのは、手紙に何て書けばいいかわかんなかったんだ。
私、しばらくずっと泣いてたんだよ。


154: 大人になった名無しさん

転校していったK君、頭が抜群に良く発想もユニークだったので
ひとかどの人物になっているだろうとググったら
「K君を悼む」という彼の友人のサイトに突き当たって心底驚いた。
その人にメール出して確認したら、交通事故だって・・・
まだ若いのに何かの特許とかとってて、やっぱり凄い人だった
こういう人から天に召されるって・・・つらい


157: 大人になった名無しさん

>>154
どこかで活躍しているのをネットで知る事が出来ると嬉しいけど、
亡くなってしまった事を知るのは辛いですね。


167: 大人になった名無しさん

この間、11年ぶりに友人達と再会したんだよ。
やはり良いものだね。考えてみれば、あのころは
人と付き合うことなんてわずらわしいと思ってた。
でも今は違う。幸い、高校からは付き合って
いる友人も多くなった。もう大学生活も残り少なく
なりつつあるが、人を大切にして過ごしていきたい。


188: 大人になった名無しさん

卒業やクラス替えと同時に切れた友達は多いな。
今頃どうしてるんだろう。

卒業しても続いてた友達もわずかながらいたけど
漏れが無職になったと同時に連絡取らなくなった。
就職できたら連絡しようと思ってたけど
無職期間があまりにも長くなってしまって今更連絡できなくなってしまった。

最近旧友(1段落、2段落ともに)の夢をよく見る。
1人でも友達がいた頃は旧友を思い出すことはあっても夢にまでは出てこなかったけど
友達ゼロになって友達の大切さがわかった。


193: 大人になった名無しさん

もう15年も前のこと。中学を卒業してアメリカの田舎のテネシー州に留学した。
その高校で知り合った友達の一人にブライアンという人がいた。

いかにも自分はレッドネック(日本語でいうと「田舎者」かな?)で、それを誇りに
思っているという人だった。英語があまり話せない日本人の僕に対して「ジャップ」
という単語も平気で使っていた。ブライアンは僕が高校2年のときに転校してきた。
同学年の彼とはよくケンカをした。僕から見れば彼はすごく生意気に見えたし、
彼からみても僕は生意気に見えていたんだと思う。取っ組み合いのケンカの時は
柔道の「袈裟固め」などをしてやった。動けなくなった彼は僕の耳を噛んだりする
ような卑怯なこともよくした。

ケンカをすればするほどお互いを理解しあうということは、小説か映画の世界だけ
のことだと思っていた。ケンカをしてお互いが本気でぶつかりあうと、そこまで
したからわかるというものが自然とでてくる。高校2年も終わりに近づいたころには
一番の親友とよべるくらいの仲になっていた。お互い寮生活をしていたが、「来年
はルームメートになろう」と約束をした。

(続く)


194: 大人になった名無しさん

(続き)

彼の部屋に行くと彼が泣いていたことが一度あった。人には絶対涙を見せるような
性格ではないので、涙を見せまいと一生懸命隠しているようだった。彼の涙をみた
のはこれが最初で最後だったと思う。何を言っていいのかわからず、"Let me know
if there is anything I can do."ということが精一杯だった。彼は"Thank you"とだけ
言った。でも次の日からはいつもの元気を取り戻し、「耳を噛んでやる!」と言うよう
なジョークを僕に言っていた。

約束通り、高校3年の1年間、彼が僕のルームメートになった。僕にとっては高校で
の寮生活で一番いいルームメートだった。

卒業式が終わり、ホテルの2室をかりて20人くらいが参加した卒業パーティーも
終わった次の日。彼が飛行場まで送ってくれた。飛行場で彼らしく力強く Hug を
して別れた。

おそらく彼は、今も彼の大好きなテネシー州の田舎にいると思う。またいつか彼に
会えればいいと思う。


195: 大人になった名無しさん

まぁ、会いに行ってみろ。向こうもそれをきっと待ってるぞ。


225: 大人になった名無しさん

中学生の時、重い病気になった。
入院するために学校を休むことになった。もちろん、病気ということは伏せて。
その時、普段は明るくてふざけているM君が泣き出した。
「帰ってくるから」と宥めても駄目だった。
私が本当は帰ってこないということを知っていたのだろうか。

あれから何年か経ったけど、M君がふざけて言ってた私の「ゴキブリ並みの生命力」とやらで、
私は今でも元気です。
本当は今すぐ会いたい。今すぐ会って元気な私を見て欲しい。
でも会えない。


241: 大人になった名無しさん

高校時代の友人とはやくも会わなくなってしまった・・・(いま大学一年です

その友達は一番の友達で、親友と胸をはって言えるような仲だった
そいつは重度の八方美人で、しかもおもしろいくてマジメでモテる奴だったから、
周りの香具師とかにいつもいじられて、でも愛想笑いして、周りを盛り上げてて、、、

そんなあいつも、おれだけには愚痴を言ってくれるのが嬉しかった
だからおれはいつも「あんな奴らに付き合ってると疲れるだろ、無視したほうがいいぞ」とか言ってた
あんまり他人を信用しないし、秘密主義で自分の心のうちをあんまり言わないやつだったけど、
おれだけにはいろいろ話してくれたんだよな
遊びに行くときもいつも一緒だったし、何時間話しても話がとぎれることなんかなかった

いまなにやってるんだろう・・・久々にメールしてみるか


244: 大人になった名無しさん

バイト先で仲良くなった男の子。
週2回、病院で人工透析を受けていたんだ。
それから漏れ、バイト変えたから会ってないし10年経つ。
人工透析を開始したら10年以上は生きられないって、次のバイト先で聞いて
少し胸が痛くなった。


248: 大人になった名無しさん

>>244
心配ない。今の透析の技術なら20~30年は生きる事が出来る。


307: 大人になった名無しさん

幼稚園の時の親友、進学とともに3名遠方へ引越し。

小学校1年の頃の親友1名遠くに引越し。
小学校2年の頃好きだった娘これまら遠方へ引越し。
小学校4年の頃いつも一緒に居た親友野球していて
道路に飛び出て漫画のようにあっさり逝ってしまう。

一緒にソフトクラブで燃えて、泣いた記憶忘れないぜ
いつか一緒にやろうな


376: 大人になった名無しさん

小学校1、2年の時の友人です。彼は言語に障害がありいじめられてました。
自分は幼稚園のころから障害者のクラスメイトなどが居たためいじめることなどはしてませんでしたが
見ないふりでした。でもある日あまりにひどいいじめにあっているのをみてかわいそうになりました。
いじめっ子に注意ができるような自分ではないので遊んだりしてあげようと思い、それからよく遊ぶようになりました
気が合いとてもなかよくなりました。毎日のようにあそんでいました。
2年になってある日自分にもいじめが回ってきました。一緒に遊ぶ奴は○○だぁというありがちな事です
自分は弱い人間でいじめられるのが怖くその友人をもう話すなと突き放しました。
なんてことしたんだろうと後悔しましたがなかなか謝る勇気がありませんでした
それから少しして夏休みになりました。ある日電話がかかってきました。
明日遊ぼうと。怒ってなかったんだと安心し、また夏休みなので他に見られる心配もなく遊ぼうとおもったのですが
次の日から自分は親戚にうち行くことになっていたので断りました。
そうしたら次の日親戚のうちに車で向かう途中その友人にすれ違いました。
それから帰ってきたら家ポストに手紙が入ってました。内容は自分は2学期から転校します。今までありがとう。
というものでした。
彼は言語障害だったため電話で引っ越すと言うことをうまくいえなかったのでしょう。
わかっていればちゃんと会って謝ってお別れを言えたのに。
そう思うととても悔やまれます。一緒にクリアしたナイトガンダム物語は一生の思い出です。
今も元気にしていることを祈ってます。


387: へら

小学校の6年間も一緒クラスだったN子。ケンカなんか毎日ってほどするけど、次の日顔を合わせば仲直りしてた。
その時は嫌いだって言ったり思ったりしても、10分後には謝りたい気持ちでいっぱいだった。
そんなN子は小学校卒業したら北海道へ引っ越すことを卒業式前日に私に言った。
急すぎて、私は怒った。
親友なのに、普通前日に言う!?って、すごく怒った。
あの時のN子はすっごく悲しい顔をしてた。

卒業式当日。私は、まだ怒っていた。
いつものケンカとは違ったからか、私だけが怒っていたからか、素直になれず、、N子と目が合っても避けるばかりだった。
卒業式が終わって、N子が卒業アルバムを持って私のところに来た。
「メッセージちょうだい?」って。
私は断った。
小学生なりのちっさなプライドが今では大きな後悔。
もう、あえなくなるのに・・・。バカだ。

次の日、N子は始発で発った。

あれから8年。
成人式になって、久しぶりに小学校時代の同級生と会った。
懐かしい友達に会う中、N子だけには会えなかった。
「N子は来ないのかな?」
違う友達に聞いてみると、「N子・・・?あんた、聞いてないの?」って。
鳥肌が立った。
嫌な予感がした。
「亡くなったんだよ」

何度後悔しても、悔やみきれない。
自分を殺したくなるほどだった。

引っ越すことを伝えられないN子の気持ちは、今になってわかるのに・・。
謝っていればよかった。
N子にメッセージかいてればよかった。

その日、久しぶりに卒業アルバムを開いた。
N子の顔を見ると、涙は止まらなかった。

閉じようとしたとき、アルバムの最後のページが目に留まった。
私宛にメッセージを書いてあるページだった。
ひとつずつ、また目を通していると、ページの隅っこにN子の名前があった。
心臓が一打ちした。

「 ご め ん ね 。 」

ただそれだけ書かれていて、私はまた大泣きした。


N子、いまさらだけど、本当に大好きだった。
ほんとうに、大好きだったよ。


389: 大人になった名無しさん 投稿日:2005/03/21(月) 07:16:25

>>387
全米が泣いた


392: 大人になった名無しさん 投稿日:2005/03/21(月) 14:43:39

>>387
トム・クランシー 脚本
ジェリー・ブラッカイマー プロデュース


402: 大人になった名無しさん 投稿日:2005/03/27(日) 19:48:27

物心つく前から、親は「友達なんか要らない」とずっと俺に教えてきた。
事実2人ともそういう付き合いのある人間は皆無だった。
親戚付き合いさえしない。祖父母にも会った事がなかった。

大学の時に父が死んだ。葬式の列席者は母と俺だけ。
(あれは葬式なんてものじゃなく単なる手続きだった)
だが涙を母に見られたくなくて、一人で会場の外に出たら、一人の老人がいた。
話しかけてきたその爺さんが俺の「祖父」だった。
俺の頭を撫でながらひたすら、ただひたすら「息子(俺の父)の育て方を間違えた」
と謝っていた。

母には内緒だが、未だに連絡を取り合って爺さんとはたまに酒を飲みに行ったりしてる。
俺の人生で始めての「友達」

ちょっとスレとは違う話だけどすまん。


421: 大人になった名無しさん 投稿日:2005/04/17(日) 19:51:31

小学生のとき、同じマンションの友達だったK君。
日本史がすごい詳しい人だった。あるときから苗字が変わったが、
あれは両親が離婚したんだろうな。喧嘩して口をきかなかった時期も
あったが、お互いの家に遊びに行ってたね。
小4のとき君が横浜の戸塚に転校したあと、1回手紙もらってぜひ
遊びに来てねってハガキの裏に手書きの地図が書いてあった。
あのハガキどこにいったんだろう? あれから2○年。
その後、一度も会っていない。まだ日本史が大好きなのかなあ。


487: 大人になった名無しさん 投稿日:2005/08/01(月) 16:36:21

先週、親友が死にました。
小学時代は、俺も彼も裕福とはいえない家庭だったので
ファミコンも家に無く、平日は学童保育所に預けられていた。
鉄ゴマの技を競ったり、模様が剥がれて砂色になった
サッカーボールを蹴ったりして終日あそんでいた。
学校でミニ四駆が流行ったときも、2人とも本体は持ってたけど
カスタムパーツを買うこともできず、
ダンボールで組み立てたコースや滑り台走らせてたっけ。

中学時代、俺はタバコやらカツアゲやらが横行する学校についていけず不登校になった。
新聞配達をしてお金を貰えるようになり、スト2と読書に没頭した。引きこもりだ。
彼はサッカー部で頑張って部長になり、県大会出場までチームを引っ張っていってた。
それでも彼は暇が出来ては遊びに来てくれ、その時だけは俺も外で遊んだ。
高校は、俺は業者テストの偏差値さえあれば単願受験できる私学になんとか合格し
彼はスポーツ推薦で市立に入った。

高校を卒業し、彼は福祉の仕事がしたいとろうあ教育の教員になるべく北海道の大学へ進学した。
しかし在学中に父を亡くし、一人になってしまった母のためにやむなく中退して、彼は戻ってきた。
そして彼は、昼は俺と彼が通っていた学童保育所(児童館になっていたが)で
ほぼボランティアのような給料で働き、夜はガソリンスタンドで遅くまでバイトしていた。

そして夏休みに入ったばかりの先週、学童のキャンプで川に流され、帰らぬ人となりました。
急遽戻ってきた児童たちは全員泣いてました。
半ば呆然とするなか、俺にすごい良くしてくれたおばさんのためにも葬儀の手伝いをする中
俺の母が、1枚のはがきをもってきました。

2005.夏 長瀞にてー

彼がキャンプから俺に宛てた絵はがきだった。
「涼しくてサイコー」
彼が俺にくれた最後のメッセージ


488: 大人になった名無しさん 投稿日:2005/08/01(月) 23:54:34

(´;ω;`)


605: 大人になった名無しさん 投稿日:2006/03/13(月) 00:23:54

80年代の初頭、クラスにいた松本君が突如母国に帰ることになった。
今思えば万景峰号に乗って北の地へ行ってしまったということなのだ。
最近になってそのことに気づき担任に尋ねたら「本名は朴君だった。
お母さんの強い意向で伯父さんがいる北朝鮮に行ったけど、ご両親は
日本で健在だ」という話だった。
クラスの中では成績もよく、面倒見のいい中心的な存在で、運動会で
も大活躍していた彼の姿を思い出すと、どうか元気に生きていて欲し
いと願うばかりだ。


634: 大人になった名無しさん 投稿日:2006/04/15(土) 22:59:02

小・中と凄く仲が良くて
お互い親友と呼んでる友人がいた
一緒に野球部入ったり、一緒に釣りにいったり、とにかく何をするにも一緒だった奴がいた
でも中学三年の後半に俺がふざけて悪口言ったら、そいつはマジ切れして、それ以来気まずくて話さなくなった
高校もお互い違う高校に進学して、全くあわなくなった、その後俺は大学に卒業して、会社に就職して間もない頃に
そいつに会った、全く顔は変わってなかったし、せが小さいからすぐにわかった
最初はどうしようかと思ったけど、思い切ってこえかけた、そいつは何故か親しげによー、久し振りって言ってくれた
そのあと、近くで軽く飲んで喧嘩したときのことなどを話した、お互い気まずかったなとか
俺が何となく、「俺と今でも友達だよな?」って聞いたら
「当たり前だろ、俺とお前は親友だ!!」って言ってくれた時はもんのすごく嬉しかった
それから、お互い結婚式に呼んだり、遊びにもこまめにいってる、やっぱこいつが一番の親友なんだなって思った



微妙にすれ違いスマソ


701: 大人になった名無しさん 投稿日:2006/08/01(火) 16:46:55

幼稚園から小学校卒業時まで毎日7時ごろまで遊んでた榎本君に逢いたい…
彼は1つ下だったんだけど、同世代に友達がいないみたいでいつも私と遊んでいました。
一年間ほぼ毎日同じ服、上履きも持っていない、風呂は2週間に一度くらいしか入れない。
彼はご飯も家では余り与えられず、ガリガリに痩せ細ってました。
自転車がないので、いつも走り、そのため持久走大会では毎年1位でした。
私が6年生の時、いつもの様に遊び終わり家に帰って夕飯を食べていると、
泣きながら、私の家に来てホントわんわん泣いていていったいどうしたのかと尋ねました。
家に帰ると母さんがいない、家の物が全て無い__
母子家庭だった彼は親に小学5年で捨てられたのです。
彼は次の日から学校にも来なくなり、みんなどうしたのかと思っていました。
私が放課後自分の担任である先生に彼はどうしたのかと尋ねると、
施設に引き取られたそうです。

私には遠い存在になってしまった彼、施設の場所も名前も聞かなかったので、
まったく彼のその後を存知ません。彼にもう一度会い、
小学校時代のように夜になるまで遊び明かしたい…


704: 大人になった名無しさん 投稿日:2006/08/02(水) 03:47:15

>>701
せつねーな


5: 大人になった名無しさん

卒業したり、結婚したりすると段々音信不通になるよね。
でも離れていても友達だよ。

何か自分も旧友に会いたくなっちゃった


102: 子供の名無し

自分今高一なんだけどさ
このスレ見てたら自分もこのまま
友達と別れてっちゃうんだろうなあ、て思ったよ
仲いい友達とは別れたくないっすね・・・


103: 大人になった名無しさん

>>102
だからこそ人との出会いを大切にしましょう。

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