【オカルト】大東亜戦争中の不思議な・怖い話 てんこもり。


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【オカルト】大東亜戦争中の不思議な・怖い話

31: 本当にあった怖い名無し 2008/07/22(火) 10:25:05 
回天の話。 
回天とは、あまり知られていないが人間魚雷である。 
中に人が乗り込んで操縦し、敵艦に体当たりする魚雷である。 
ある夜中、潜水艦のドックにて人の気配がした。年輩の整備兵が「誰だ?」と誰何すると、 
そこには回天で特攻したはずの少年兵がいた。 
驚く警備兵に対し、「今度は見事敵艦に体当たりしてみせます」と告げる彼に、整備兵が 
「もういいんだ。二度も死ぬ必用はない」と答えると、姿を消してしまったらしい。 

なお、回天はその構造と米軍のレーダー技術の発展から、120本程が実践投入されるも 
戦果は撃沈4隻撃破5隻と非常に少なかったという。 

111: 本当にあった怖い名無し 2008/08/10(日) 03:31:49 
>>31 
ちょっとホロッとした。いい話だな。 


32: 本当にあった怖い名無し 2008/07/22(火) 10:27:13 
東南アジアの田舎にいった日本人の客が 
地元の子供達が、大声で叫びながらお化けの真似をして遊んでいるのを見た。 
その叫び声が気になった客が宿の主人に聞いてみると 
「ああ、この近くの森の奥では、ああ叫ぶお化けが出るんですよ」とのこと。 
もちろん皆日本語などまったく分からない。 

タオルやぼろ布を被り、子供達は「グンソウドノー!!」と叫んでいた。

4: 本当にあった怖い名無し 2008/07/17(木) 05:33:35

硫黄島ってもっとジャングルかと思ったら見通しもよさそうなほんと何もない島なのね
あんな島で大勢戦死ってただごとじゃないぜ


6: 本当にあった怖い名無し 2008/07/17(木) 09:39:55

>>4
何も無い島だからこそあんな状況になった
食料調達先になる原住民もいないし、部隊が壊滅しても逃げ込む森もないし
今でも硫黄島に派遣される自衛隊員は、いろいろと体験するらしいな


35: 本当にあった怖い名無し 2008/07/22(火) 16:09:28

>>6
> 今でも硫黄島に派遣される自衛隊員は、いろいろと体験するらしいな
しないよ。
俺去年の9月までいたけどなんも無かった。
最初は興味津々で先輩に聞いて回ったけど誰一人不思議体験無し。

手当ては厚いし暇だしで超楽しかった。
また行きたい。

42: 本当にあった怖い名無し 2008/07/23(水) 00:47:52 
硫黄島は天皇陛下が慰霊してから霊現象がなくなったと聞いたが。 
それが平成6年のこと。 
それ以前はたくさんあったんじゃない? 

60: 本当にあった怖い名無し 2008/07/25(金) 04:54:43 
>>42 
そうでもない。 
二、三年前に防衛庁長官が幕僚長と一緒に硫黄島に視察に行って一泊したが 
長官が朝起きて幕僚長に会うと「昨夜は部屋に英霊が訪ねてきて 
そのおかげでよく眠れませんでした」と笑いながら言われたそうだ。 
ちなみにこれは当時の毎日新聞に載っていた長官のインタビュー記事。 

63: 本当にあった怖い名無し 2008/07/25(金) 16:47:10 
>>60 
幕僚長冷静だなw
 

501: 本当にあった怖い名無し 2008/09/08(月) 14:29:10 
青山繁春が硫黄島に行ったとき、そこの自衛隊員から海岸を歩いていると、誰もいないのに話し声がするんですよ、って言われたらしい。 

508: 本当にあった怖い名無し 2008/09/08(月) 17:35:22 
>>501 
硫黄島の話は空自でも有名ですね。 
空自の体験談を聞くと、幽霊って本当にいるのかな?って 
思っちゃいます。遺体はそのままにして米軍が 
滑走路を作っちゃったんだもんね。 
硫黄島で戦死した英霊だけではなく全ての英霊に感謝!
 
12: 本当にあった怖い名無し 2008/07/20(日) 21:49:59

南の島でのほのぼのしたでも悲しい話どこにあったっけ
戦死した部下がその辺ふらふらしてたら
上官に一喝されて成仏した、みたいな


77: 本当にあった怖い名無し 2008/07/30(水) 13:22:29

これか?

211 名前: 名無し三等兵 投稿日: 2001/07/29(日) 04:54

ガキの時分に、鍼灸師のジジイから聞いた話。ちょっと変わった幽霊談です。

ニューギニアのあたりのある戦場でのこと。
大規模な戦闘をした部隊があって、その後、その部隊の前線基地に、
夜な夜な、死んだ兵隊たちが現われるようになったそうです。
彼らはいずれも、足がちゃんとあり、懐かしそうに
「よお!」とか言いながら、現われるのだそうです。
いずれも確かに戦死した連中ばかり。
神主の息子の兵士がまじないをやったり、お経をよめる兵士がお経を詠んだりしても、まったく効き目無し。
そのうち、ズカズカ上がり込んできて、貴重な飯をバクバク食う始末。
しかも、いきなり手がスルスルっと伸びて、木の実を取ったりして、明らかに化け物化している様子。
怖いやら迷惑やらで困っていたのですが、なんとも手の施しようが無い。
見るに見かねた中尉だか大尉だかの隊長さんが、幽霊たちが集まっているところへ、
ツカツカと歩いていって、いきなり大声で、
「全員、整列!」
と言うと、素直に整列したそう。そして、
「貴様らは、全員戦死した兵隊である。よってこの世にいてはならん。
全員あの世へ行って成仏するように。これは命令である!」
隊長が涙を流しながら言うと、幽霊たちは、しばらく呆然とした顔で佇んでいたが、
そのうち全員が泣き始め、やがてボロボロと土人形のように崩れていったそう。
あとにはその土だけが残り、彼らは二度と現われることはなかった。
兵隊たちはその土の大部分は現地に埋め、残りを少しづつ日本に持って帰って、供養したそうです。

「へんな幽霊だね」と僕が言うと、ジジイは、
「日本人の幽霊でも、死んだ場所が変わると、ちょいと変わるんじゃい」
と言っておりました。


104: 本当にあった怖い名無し 2008/08/07(木) 20:12:19

>>77
これです!ありがとうございました


22: 本当にあった怖い名無し 2008/07/21(月) 17:03:59

第二次大戦の北アフリカ戦線にて、孤立したドイツ兵達が1人の老人と出会い、古い地図を譲り受けた。
そこには水や食料の貯蔵庫が記されていた。 それでどうにか助かったドイツ兵達は
「どこでこの地図を手に入れたのか」と老人にたずねたところ、老人は
「ナポレオン公から援軍が到着するまで死守するようにと命令を受けました」
と言って姿を消した。ドイツの軍事記録に残ってるらしい話。


23: 本当にあった怖い名無し 2008/07/21(月) 18:57:10

瀕死の重症を負った坂井三郎が誰かに誘導されるように帰還できた話はすごい。激戦の連続の中、いつも九死に一生を得る。誰かに護られていたとしか思えないです…。


33: 本当にあった怖い名無し 2008/07/22(火) 10:27:43

戦争が終わって日本も復興、経済大国になった頃、
南方の原住民調査のためにかつての激戦地ニューギニアの山中に入った。
そこで原住民と仲良くなって、一緒に生活しているうちに、
日没後は彼らが山の中に決して入ろうとしないことに、西丸氏は気づいた。
「なぜ、夜は山に入らない? 危険な野獣とかいるのか?」との問いに、
原住民は「野獣はともかく、とにかく気味が悪い。
姿は見えないけど、あちこちから意味不明の人の言葉が聞こえる。
でも、人の姿はやっぱり見えない。
白骨はいっぱいあるから、あれはその白骨の精霊だと思う。
夜の山は生きた人が入る場所ではない」との応え。
「意味不明の言葉ってどんな?」と西丸氏が問うたところ、原住民の応えは
「『ガヌバレ』『シカリシロ』と聞こえる。私たちの言葉ではない」……だったそうだ。
西丸氏は「さもありなん」と感じ入ったそうな。


38: 本当にあった怖い名無し 2008/07/22(火) 19:04:54

私の祖父は殆ど戦争体験について話してくれる事はありませんでしたが、
一度だけ幼い私にお菓子を食べさせながら、話してくれた事がありました。
祖父はビルマで戦っていたそうで、食べる物が無くて本当に辛い思いをしたそうです。
敵のイギリス軍は飛行機を用い、上空から陣地内へ落下傘で食料を落としていたのが見えたそうです。
ある時、その落下傘が敵と味方の陣地の中間点に落ち、
祖父は戦友3~4名と共に決死の覚悟で奪いに行き、その食料を貪り食べたそうです。
祖父は中にあったキャンディをなめ、自分は特別な存在だと思ったと
しみじみ語っていたのを覚えています。
その時なめてたキャンディーはもちろんヴェルタースオリジナル。
なぜなら彼もまた、特別な存在だからです。


54: 本当にあった怖い名無し 2008/07/23(水) 22:08:48

船には「舟魂(ふなだま)」という物が憑いていると信じられている。
その為、旧海軍では木をくりぬいて作った舟型の中に、ふなだまをかたどった紙の人形と、
五穣をはじ め供物を詰めて密封し、船室に祀っていた。
このふなだまは、船が沈没する前日に船から離れていくと言われている。
トラック諸島で日本海軍が壊滅的打撃を受けた後、
「そういえば、ゆうべ白い着物を着た女が船から出て行くのを見た」
と証言する乗組員が、あちこちの船で続出した。
ちなみに、この慣わしは今も続いていて、自衛隊の護衛艦にも神棚があり、なかにふなだまが
祀られている。見学などの際には、最新式の護衛艦の中に神棚があるアンバランスな光景を見れるとか


55: 本当にあった怖い名無し 2008/07/23(水) 22:16:28

>>54
瀬戸内海で爆発事故を起こした戦艦「陸奥」でも、沈没の数日前から着物を着た女が
艦内で目撃されていたと言う話を聞いたことがある


69: 本当にあった怖い名無し 2008/07/27(日) 21:25:50

105 名前:コピペ[] 投稿日:2007/07/23(月) 21:57:00.93 [夜] ID:BMSS/hk10 (PC)
私が、色々と相談をしている寺の住職は、グアムやサイパン等の太平洋戦争の
激戦地の戦場跡を慰霊のために幾度も訪れています。
その時のエピソードをひとつ・・・・。
グアム島・・・某ホテル・・・深夜・・・
住職が、寝室で休んでいるとき、廊下の向こうから、多数の兵隊が行進してくる軍靴の音が・・・。
そして、その行進は、住職の部屋の前で止まり、部屋の中に入ってきたそうです。
「自分は、福島県出身の〇〇一等兵であります。
この度は、戦友一同共に祖国日本への帰還を願いに参りました」  
・・・・と、
隊列の中から一人が前へ出て住職に向かって言ったそうです。
そこで、住職が般若心教境を唱えると、彼らは、その般若心教に乗って日本へ帰還したとのこと。
同じように、戦死したアメリカ兵も住職の元へ現れて、
住職の唱える日本語の般若心境に乗ってアメリカへ帰還していったとのことです。
宗教、宗派は違っても、宗教は全ての人・霊の幸福のために存在することをこのことは示しているような気がします。


70: 本当にあった怖い名無し 2008/07/27(日) 21:26:30

113 名前:コピペ[sage] 投稿日:2007/07/23(月) 22:03:58.24 ID:BMSS/hk10
サイパンというと、太平洋戦争の大激戦地で、日米両軍で数万の犠牲者が出た所。
このマ○○○○島は、その最前線にあって、サイパン本島からの救援もなく、脱出も出来ず、
最後には弾薬も尽きて、全将兵が刀を持って突撃して、全滅したといわれてます。
この話は、サイパンの現地係員の経験のある先輩の体験談です。
夕方、某ビーチを歩いていると、海岸線後方の木々の茂みの中から、
「突撃ィー!」
という声が聞こえたかと思うと、何百人もの旧日本兵が・・・、
「うわぁーー」と、海岸線に向かって突撃してきたそうです。
次の瞬間、
ダダダダダダダァ、
トガァーン!
機銃や大砲の音が鳴り響き、兵士達は次々と倒れていき、
あっという間に、先輩の周りは兵士の死体で埋め尽くされたそうです。
しばらくすると、機銃や大砲の音も止んで、あたりが静かになると
倒れていた日本兵達はスゥーと消え・・・、

次の瞬間、再び、
「突撃ィー!」
という声が聞こえたかと思うと、何百人もの旧日本兵が、
「うわぁーー」と、
海岸線に向かって・・・・・・。

その時、ビーチには、日本からの観光客も沢山いたそうですが、
ほとんどの人は、何も見えていないのか、そのまま遊んでたそうです。

ただ、先輩も含めて、幾つかのグループは、真っ青な顔をして、ビーチから逃げ出したそうです。


71: 本当にあった怖い名無し 2008/07/27(日) 21:27:42

116 名前:コピペ[] 投稿日:2007/07/23(月) 22:05:30.77 ID:BMSS/hk10
私は、私が手配した団体旅行の出迎えのために国際空港にいました。

私が、到着ロビーで待っていると・・・、
たくさんの10代後半~20代位の女の子たちが、ワイワイ騒ぎながら出てきます。
話の様子ではサイパンに行ってみたい。
その彼女たちが、私の真横を通った、その瞬間、急に背筋が、凍りつくような悪寒を感じて振り向きました。
彼女たちを見ると、背中に、血だらけの旧日本軍の兵士を一人ずつ背負っているんです。

「あの子達、マ○○○○島で・・・・・・・。」

そのまま、呆然として、彼女たちの背中の日本兵を見ていると、1人の日本兵が振り向いたんです。
満ち足りたような笑顔を見せて・・・・・・・。

「あー、兵隊さん達、日本に帰りたかったんだ。」

彼女たちには悪いけど、遠い島で亡くなった日本兵が、帰国できたのは良かったのかも・・・・。
少し切ない気持ちになりました。


81: 本当にあった怖い名無し 2008/08/03(日) 01:35:43

怖い話ではないんだけれど・・・わしの親父が小学生だった時の話。
親父が学校で天皇陛下はうんこするの?って先生に聞いて、警察沙汰になったって言ってた。
親と一緒に警察まで行って、警官とうんこする、しないで大揉めだったらしい。


82: 本当にあった怖い名無し 2008/08/03(日) 01:58:03

お父さん、今何歳?


83: 本当にあった怖い名無し 2008/08/03(日) 02:14:50

俺もー30過ぎのおっさんだし、うちの親も年とってから俺を作った(笑)
から親父ももーいい年なんだけど、
戦争中親父の兄貴が特攻隊に召集されて行っちゃって、小学生の親父が田舎
の畑で土いじって遊んでたら兄貴が「ひょっこり」帰ってきて、絶対お化け
だと思ってびびって逃げた、って言ってたよ、再会を喜んでやれよ、みたいな、、w
乗る戦闘機が無くなっちゃって、帰ってきたんだってさ。


98: 本当にあった怖い名無し 2008/08/06(水) 22:15:19

昔、聞いた話で嘘かほんとかは知らんが、

ぺリリュー島周辺で島民が船で航行してると、突然得体の知れない光の塊が追いかけて来る
島民の一人は追い掛け回された挙句、暗礁に突っ込んで負傷

日本兵の怨念が、米軍の上陸用舟艇と勘違いして船を追い掛け回すらしい
ほんとかね、これ?


103: 本当にあった怖い名無し 2008/08/07(木) 10:35:12

>>98
秘話パラオ戦記 ~玉砕戦の孤島に大義はなかった~
光人社NF文庫 著者: 船坂弘

たぶん、この本に載ってる話ですね。
夜間漁に出ると人魂が現れて接近してくるという現地民の体験談。
確認しようとしたら本が見つからなかったorz


107: 本当にあった怖い名無し 2008/08/10(日) 00:20:54

ついでにもう一つ投下。
「知ってるつもり」で紹介されてた話だけど。
特攻基地の近くに特攻隊員御用達の食堂があったんだって。で、その食堂の女主人
は特攻隊員から母親のように慕われていたんだと。
その女主人に、とある特攻隊員が、出撃直前にこんなことを言った。「ボクが特攻
するのは、明日の夕方です。死んだら蛍になって戻って来るんで、お店の扉を開けて
いて下さい」・・・。
果たして、次の日の夜、お店に1匹の蛍が入って来た。女主人が「これは今日、特
攻した誰々だよ」とその場にいた他の特攻隊員に告げると「それはないよ」との返事。
けど、みんな自然に肩を組み合って合唱し始めたとか。
その女主人だけど、90歳近くまで長生きしたらしいよ。特攻隊員に「おばちゃん、
ボクは明日死ぬから、残りの命を上げるよ。その分、長生きしてね」と言われてたん
だってさ。何か悲しい話だよね。
ちなみに、その女主人の葬式のとき、どこからともなく1匹の蛍がやって来たとか。
その特攻隊員が迎えに来たのかな?


109: 本当にあった怖い名無し 2008/08/10(日) 01:59:06

>>107
これも有名だな
"特攻の母"鳥濱トメの話


110: 本当にあった怖い名無し 2008/08/10(日) 03:31:26

知覧の蛍の話、有名ですよね。
高倉健が主演の関連映画もあるし。

父が特攻隊の生き残りなので、
遅くに生まれた長女の私にも戦争の話をよくしてくれた。
もう80近い父は、自分で特攻や軍隊の本買ったり図書館行っては関連本借りてる。
そんな父が一番のお気に入りは、私が仕事で行った知覧特攻記念館で買った数冊の本。
ある日見ると、お気に入りのところに斜線がいくつも引いてあった・・・・

一度知覧に連れて行くのが夢だったけど、もう心臓も足腰も悪くなって
幻で終わりそうで切ないな・・・・・


114: コピペ 2008/08/11(月) 10:40:50

56 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:04/08/23(月) 22:33 ID:9tWS1ChF
高校生の時に「どうせいつかは死ぬんだから、今死んでも一緒だよなぁ」と言った私に祖父が語ってくれた話です。
戦時中祖父の乗っていた船が撃沈され、祖父は陸まで何とか泳ぎ生き延びたそうですが殆どの仲間が他界されたそうです。
戦後亡くなった友人達の遺族の方に挨拶回りをし、全て回り終わった祖父は自決しようとしたそうです。
素晴らしい人達が沢山死に自分だけ生き残った事を悔やんだ祖父は、遺書を書き軍服に着替え切腹しようとしました。
「皆に寂しい思いをさせてすまん、自分ももうすぐそっちに行く」と言い、短刀で腹を切ろうとした時「まだ来るな」と言う仲間の声がはっきり聞こえたそうです。
祖父は泣き、生きたくても生きられない仲間の為にも生きる事を決心したそうです。

怖い話ではありませんが、身内に起こった話ですのでここに書かせてもらいました。


159: 本当にあった怖い名無し 2008/08/16(土) 06:11:28

こわいはなし
祖母(当時11歳)が話してくれた空襲
「ここは危ないからあっちへ逃げなさい」と誘導してくれた
若い兵隊さんが、朝戻ってみたら亡くなっていた
曾祖父は町内会長としてやはり誘導やらしてて逃げ遅れ亡くなった
地方都市の空襲で亡くなった兵隊さんは若い人が多かった
偉い上官さんは安全な所にいたんだろう

終戦の数日前再び避難先の隣町で小さな空襲があって、逃げていたら
「逃げてるんじゃないよ非国民!」と知らないおばさんにののしられ
親が死んでるんだよ!うちも燃えちゃったんだ!!
と怒鳴りつけたら黙ったって

若い頃はけして自分から語らなかった戦争の話を、年老いたせいか
孫の俺らに少しずつ話してくれるようなった
後者の話が恐い。終戦間際、もう限界で一般市民もどっかおかしくなってたのか


161: 本当にあった怖い名無し 2008/08/16(土) 07:48:59

>>159
おばさんは、もしかすると婦人防空団とかの人だったかも。
隣組単位で消火活動とかする決まりになってるから、逃げた=非国民という思考だったのかも
ね。まぁそういう意味ではおかしいのかも知れないけど。
当時、軍属とかの人が幅を利かせてたから・・・。


229: 本当にあった怖い名無し 2008/08/19(火) 03:13:11

・太平洋戦争中に消えた日本軍一個大隊

1943年にニューギニア戦線で、
米軍を上陸時に迎撃するため作戦行動中の日本軍
(結構な人数。1000人以上なのは確実)
が忽然と消えてしまった。
未だに遺品の一つも出て来ない。


・広島に原爆を落としたB-29を観察していた謎の物体

8月6日、前1時27分、Mk-1核爆弾リトルボーイを搭載した
エノラ・ゲイがタキシングを開始し、1時45分にA滑走路の端から離陸した。
午前6時30分、四国上空においてエノラ・ゲイのレーダー迎撃士官
ジェイコブ・ビーザー陸軍中尉がレーダースコープに正体不明の輝点を発見。
通信士リチャード・ネルソン陸軍上等兵はこのブリップが敵味方識別装置に
応答しないと報告した。
エノラ・ゲイは回避行動をとり、高度2,000m前後の低空飛行から急上昇し、
午前7時30分に8,700mまで高度を上げた。


232: 本当にあった怖い名無し 2008/08/19(火) 04:26:58

>>229
> ・太平洋戦争中に消えた日本軍一個大隊
現代にトリップしていたら萌える。


234: 本当にあった怖い名無し 2008/08/19(火) 05:11:50

今年97になったうちのじいさん、何事にも動じない
頑固で無口なヒトだが、あの眼で戦時中に何を見たのか
時々不思議になる。(徴兵されて終戦はセレベス島で迎えた)

まるで何か脅迫観念があるかのように信心深い(特定の宗教に
のめり込んでいるとかじゃなく、毎晩家の各部屋でお祈りをする
(各部屋にいる何かと交信している?)とか)から、昔何かあった
のか、元々何か見える体質なのか・・・。
もうボケて何の話も出来ないが、ボケる前もかなり無口で、
戦中にセレベス島で蛇を食べた話位しか聞きだせなかった。


240: 本当にあった怖い名無し 2008/08/20(水) 15:11:20

第二次世界大戦中の話じゃないんだが、オカルトちっくなので投下
家の祖父はシンガポール沖で海の藻屑と消えた。
で、10~11年前の秋に姉夫妻がマレーシアに赴任してシンガポールで
出産したので、祖母・両親・俺で会いに行くことになった。

高齢の祖母を連れていくのは難しいと両親は考えたが、祖母のたっての
希望で準備を進めた。
当日、祖母が祖父の遺書と形見を小さな巾着の中に入れていて、俺は生れて
初めて祖父の筆跡を見た。

家はお盆の時は墓と靖国神社に行く。祖父が遺書に「死んだら靖国に行く。もし、○○(祖父の幼馴染で戦友)
が亡くなっていたら○○は一人者だから○○の分まで弔うように」と最後らへんに書いてあった。(意訳)
だから、○○さんの分も家の墓地に墓石がある。
で、シンガポールで日本人慰霊碑に参拝して姉夫妻と子供と会って食事をしてホテルに戻った
時、父親がおかしい。
何度も俺に「はっきり言え、何を言ってんだ?」と俺に聞いて、「何も言ってないよ」と返していた。
そうこうしてるうちに、初孫の嬉しさでしこたま酒を飲んだ父親は寝てしまった。
俺はリッチな海外旅行に浮かれて、ルームサビースでシンガポールスリング等を取って、
ベランダで「赤ちゃんに乾杯」とかやってふざけていた。一人で遊ぶのも疲れてきたのでベットでテレビを
見てた時、ケタタマシイいびきとともに父親が「親父!俺の背中に乗れ!俺が連れて帰る!
恥ずかしくないおぶってやる!」


241: 本当にあった怖い名無し 2008/08/20(水) 15:16:13

と、大きな声でハッキリしゃべったからびっくりした。
その後、声が小さくなり「父さん、父さん、僕の父さん」と泣きながら呟いて又眠った。
びっくりする出来事だったが、感慨深いものがあった。父が生まれる前に祖父は戦死したので、
抱かれた事もなければ、無論話を交わした事すらない。写真の中と祖母が話す祖父しか知らない。
父親は父がいなくても頑張ったんだなと思うと泣けてきた。
朝になって、寝言の事が気になったが黙っていた。別部屋で寝てた母と祖母と合流して
、朝食を食べてる時にばあちゃんが「昨日ね祖父さんと○○さん(祖父の戦友)がね迎えに来てくれて
ありがとうって出てきてくれたのよ。祖父さんがね、足が悪いからって、俺の父親さんがおぶってくれたの。
○○さんが横で泣いててね。私は一緒に帰れますねって言ったのよ」と言い出した。
正直、小便ちびりそうだった。父親を見ると目を真っ赤にして泣きそうだったので、俺が夜、見聞きした事を
その場で話した。
一同黙っていたが、祖母が「はーやっぱり来てよかったわ。私の人生の悔いがなくなったし、俺の父親さん
の姿を見て、私と一時を共にして良かったと思ってらっしゃるでしょう。幸せな方よね祖父はw」
と笑顔で言った。それを聞いた父親は「よかったな」って笑顔に戻ったのが印象的だった。
幽霊とかそんな話じゃないけど、まだ帰れない人もいるんだなと思った。

余談
祖母が亡くなる前に、祖母が母親に「あの時、私の顔がおばあちゃんになってるから、
祖父さんもびっくりしたでしょうね。でもお婆さんになった顔を一度見てるから、
迎えに来る時はまっすぐ来てくれるわね安心、安心」
と言ってたそうだ。祖母は最後すこし呆けて、祖父と出会った頃に戻って母親にノロケてたらしい。
祖母の葬式の時、火葬場で母親が「おばあちゃん、やっとおじいちゃんに会えたね」って笑顔で
泣いていたのが印象的だった。

※祖母は、父や祖父の名前をさん付で呼ぶ。

駄文・長文重ね重ねすいません。


245: 本当にあった怖い名無し 2008/08/21(木) 21:27:56

>>240-241
すごく泣けた。

何年か前にうちの爺さんの兄弟が亡くなったときバーチャンに挨拶しにきたらしいんだが、
そのとき爺さんも一緒に来てたらしい。ちょっと似てたので実感がわきました。


242: 本当にあった怖い名無し 2008/08/20(水) 15:33:33

いい話でした


247: 本当にあった怖い名無し 2008/08/23(土) 22:00:43

戦争中に夢で何かを報せるっていう話、何度か本で読んだことあるよ。
弟の夢に上級将校の兄が官用車みたいなので乗りつけ、後席から出てきて
「世話になったのう…」と伝えた。後日調べてみるとやはりその日に戦死していたとか。

インパール作戦に参加した兵士が夢で祖母の死を悟った話。
同じくインパールで別の兵士がアメーバ赤痢だったかで生死の境のときに
先に亡くなっていた戦友が夢に現れ、しきりに何か伝えようとしている。
なぜかその後に竹炭を食べることが頭をよぎり、そのおかげで生き延びた話、など。

寝ている時のほうが霊魂と交信しやすいのかもしれないね。


249: 本当にあった怖い名無し 2008/08/23(土) 23:53:15

グアム島から故横井庄一さんが帰還される前日、戦友の幽霊がやってきて、
俺たちをおいていくのかっていったんだってね。
南の島にはまだまだ帰れない英霊がたくさん眠っているんだろうね。



279: 本当にあった怖い名無し 2008/08/26(火) 17:34:34

お兄さんが戦死したと思われる直後に、実家にお別れの挨拶に帰って来たと言う話しを婆ちゃんから聞いた時は泣いたな…
姿と声を聞いた訳ではなかったそうだが、誰もいないはずの廊下から内履きのスリッパの音がしたらしい
慌てて廊下へ出て見ると、玄関へあったはずのスリッパがなぜか居間の前に並んでいた。不思議に感じながらスリッパを見つめていると、突然片方が玄関の方へ向けて滑っていたんだって
その直後、何か大事な者を失ったと感じて婆ちゃんは涙が溢れて止まらなかったと言っていた

戦争は駄目よ


290: 本当にあった怖い名無し 2008/08/28(木) 20:26:30

1942年のマーシャル諸島ペリリューでは、日本軍の戦死一万人・捕虜22人という数字は
異常すぎるといわれている。玉砕があいつだサイパン戦ですら2千人ちかい捕虜が発生したのにだ。

アメリカ海兵隊は「皆殺し作戦」をおこなった可能性が高いと言われている


303: 本当にあった怖い名無し 2008/08/30(土) 17:56:11

>>290
硫黄島も同じことが言われている
作戦、つーか、前線の異常な敵愾心と残存数が把握
できない日本兵に対する恐怖感からだとされているが

614: 本当にあった怖い名無し 2008/09/13(土) 19:31:17 
硫黄島の戦いで、西中佐(バロン西)を助けようとして、 
投降を促したりしたのも米軍の宣伝だろうね。 
ロス五輪の金メダリストだから、世界中に名前が知れ渡っているし 
これ以上の宣伝効果はないよ。 
米軍はいかに人道的に戦っているかを宣伝出来るよ。 
これ以外の硫黄島の戦いでは、洞窟に篭って投降しない日本兵に対して 
海水とガソリンを大量に流しこんで火あぶりにしたとか、戦死した兵士の死体に 
隠れていた日本兵を死体ごと戦車で轢き殺したとか悲惨な事ばかりだよ。 
 

299: 本当にあった怖い名無し 2008/08/30(土) 15:45:01

硫黄島玉砕後の話。米の帰還兵を乗せた輸送機がいよいよ出発する時、なぜかいつまでたっても
離陸しない。どうしたんだと上官が兵士に聞くと、「日本の兵隊さんがタラップにいっぱいしがみ
ついていて離陸できません」と涙ながらに答えたという。


359: 本当にあった怖い名無し 2008/09/03(水) 20:30:56

もう25年以上前の話。
戦時中、将校だった爺さんが死んで、遺品の整理をしてたら
本に挟んであった白黒の写真を見つけた。

その写真は驚く無かれ、生首が50個(数えた)が地面の上に
並べてあり、中央に軍服姿の爺さんが刀持って椅子に
座ってるのがあった。
当時、俺はガキで怖いと言うより、
漫画みたいで、おかしくて弟と一緒に笑った覚えがある。

関東大空襲と思われる写真もあった。
真っ黒に焼け焦げた死体は手足がまっすぐに
色んな方向に伸びたり曲がったりしてて
不思議なオブジェだった。


447: 本当にあった怖い名無し 2008/09/06(土) 13:39:32

船にも魂が宿っているのかもしれないというのは駆逐艦涼月の話だな。

大和の沖縄特攻に参加した涼月は船体前部を爆弾でやられて、更には艦隊から
はぐれてしまい行方不明となったが後進(バック)で何とか佐世保まで帰ってきて
そこのドックに入った瞬間に沈没したそうだ。
あとでドックの水を抜いて艦内を調べてみたら浸水した区画に丸太を使って
浸水を止めていたらしい三人の死体が見つかったそうだが、帰還した瞬間に
安堵して沈んでしまうという船も凄いと思う。


490: 本当にあった怖い名無し 2008/09/08(月) 11:35:37

私の伯父さん(75歳位?)も機銃掃射されて生き残ったって話を伯母づてに聞きました。
伯父さんは茂みに隠れていたから助かったみたいだけど、米兵が赤いスカーフをヒラヒラさせて撃ちまくっているいるのが見えたって。
逃げまどっていた同級生はその時に撃たれて亡くなったそうです。なんだか悲しいね。
昔の栃木県でのお話です。
スレチだったらごめんなさい。。


492: 本当にあった怖い名無し 2008/09/08(月) 12:07:57

一方、撃墜されつつも不時着して生き残った米兵パイロットは
「恨み晴らさでおくべきか」
とばかり日本国民から壮絶な暴行を受け、死んでいった

(はだしのゲン、だっけか)

どこまで真実なのか、どんな思いで従軍していたのか、敵国兵を殺したのか
伝聞・過去の記録に頼るしかないが
どっちがどう野蛮だった、というか戦争は基本、殺し合いだからね

真珠湾を攻撃した日本のパイロットは民間人には
発砲しなかった、という話もあるようだが
果たして日本が圧倒的優位に制空権を持っていたとしたらどうだったか

歴史に聞いても答えは返ってこないな


556: 本当にあった怖い名無し 2008/09/10(水) 18:03:41

原爆関連の不思議な話
8月6日の夜から7日の晩ぐらいに中島本町周辺に家族を探しに向かったり避難途中の人が焼け跡で
真っ白なニワトリが一羽生きているのを見たと複数の書籍にあるがどうなんだろ?
被曝した人間以外の動物の話もあんまり聞かないね
長崎か広島で被曝した馬の写真はみた覚えがあるが、動物自体少なかったのか気にかける余裕がなかったのか…


557: 本当にあった怖い名無し 2008/09/10(水) 21:51:13

俺の親戚にも機銃掃射受けたのが居る。
赤ん坊連れて畑仕事してたら、突然山を越えて低空で艦載機がやってきたそうだ。
畑仕事中なので赤ん坊はその辺に転がしておいたんだけど、わざわざその赤ん坊を狙って撃ったって。
運良く両射線の中に入って助かったんだけど、山から距離があって照準する時間が取れたら死んでただろうな。


570: 本当にあった怖い名無し 2008/09/11(木) 10:15:07

スレタイ違いかもしれんが…
うちのじいちゃんは戦前まで神戸にいた。神戸空襲が起こる一週間ちょい前、ばあちゃんが神戸が空襲で燃え盛る有様を夢で見たらしい。
炎の竜巻があちらこちらの民家に襲い掛かるって凄い内容だったという。
これを聞いたじいちゃんはビビッて営んでた写真館をたたみ、土地をすぐ売り飛ばして実家のある田舎へ逃げ帰る資金にして慌てて一家総出で里へ疎開した。
一週間後、神戸は空襲で丸焼けになった。
神戸に居残ったばあちゃんの友達はばあちゃんが言った通りの燃え方をしたので、恐ろしかったと戦後に逢ってから言ってたという。
だけどこれにはオチがある。
じいちゃんの写真館があった町内は、丸々空襲の被害を受けず、写真館も全く燃えなかったんだ。周りの町は燃えたけど。
里へ逃げ帰って殆どの資金も使い果たし、その上実家の近所に写真の師匠(戦前は写真技術は徒弟制度で伝授されてるのが殆ど)が
写真館を開いてたので写真館も出来ず戦後ド貧乏暮らしをする羽目になり
ばあちゃんはボケてしまうまで「あんな夢見て逃げ帰るんじゃなかった、失敗した」とこの話をする度にボヤいていたよ。     

後は大学の教授が航空隊の副隊長であった時に、ある瀕死の兵に逢い
その兵の部隊がアメリカ軍に捕まった挙句、道路整備のローラーでスルメイカにされて処刑されたって話位。


588: 本当にあった怖い名無し 2008/09/12(金) 12:57:07

旭川に住む母親は、戦時中子供だったんだけど、ある日知り合いの
お兄ちゃんが家に挨拶に来て「これからアッツ島に行きます」と
言ってたのを覚えてるそうだ。
「きれいな顔をしたお兄ちゃんだったけど、死んじゃったんだねえ」と
時々思い出して言ってる。かなり苦しい思いをして亡くなったのかと思うと
切ないな。


589: 本当にあった怖い名無し 2008/09/12(金) 15:37:48

太平洋戦争中のある島で虐待される事も無く、充分な食料も与えられて終戦まで友好的な扱いをされた米軍捕虜がいた。
実話だが、これこそオカルト。


592: 本当にあった怖い名無し 2008/09/12(金) 19:18:23

>>589
欧米の映画じゃ、日本軍は捕虜を結構ひどい扱いしてるように描かれてるじゃん?
食料もたいして与えず、強制労働させて、みたいな
実際そうだったのかな...


594: 本当にあった怖い名無し 2008/09/12(金) 19:43:48

>>592
年末に歌われる「第9」は、米軍捕虜が歌ったのが始まりだというし
いい扱いを受けた人もいれば、問答無用で処刑された人もいたんだろうな。


604: 本当にあった怖い名無し 2008/09/12(金) 22:31:08

>>594
それ松山収容所で第一次大戦のドイツ軍捕虜。日清・日露、第一次大戦とほとんどの場合日本は捕虜に人道的。太平洋戦争の一時期一部がおかしかっただけ


590: 本当にあった怖い名無し 2008/09/12(金) 15:50:51

うちのおじいちゃんは、ボルネオ島で戦死してる。
30代手前の戦死。戦地からの手紙が遺ってて
『赤ん坊は元気か?』とか、まだ生後間もない父親の
心配をしてる様子が、メチャクチャ哀しい。
もちろん、うちの父親は、おじいちゃん(父親)に
抱かれた事なく、父子であっても実際は逢う事もなく
親の顔は写真で見ただけ…

先に居た子供や、生後間もない赤ん坊を残して
死んでゆく…無念すぎるくらい、無念だよね。

スレタイに合ってなくて、ごめん。 


621: 本当にあった怖い名無し 2008/09/13(土) 23:47:16

30 名前: ななしのいるせいかつ 投稿日: 2007/11/28(水) 17:55:28
祖母から聞いた話。

太平洋戦争最後の年、畑で勤労奉仕の仕事をしていたら、白いモンシロチョウが、婆ちゃんの周りをしばらく飛び回り、どこまでも後を付いて来たので不思議に思ったそうだ。

「この蝶々さん、私の事が好きなのかしら?」
と友達と冗談を言って笑顔を見せたら、満足したかのように青空へ飛び去ったという。

後から知ったそうだが、
その日、祖母の幼なじみで初恋の相手だった男性が、神風特攻隊員として出撃し、沖縄にて戦死した日だったそうだ。


740: 本当にあった怖い名無し 2008/09/24(水) 13:42:48

怖くないかも知れんが、俺のじいちゃんの話。

爺は電気かなんかの職業訓練校を出て、海軍に入隊したらしい。
大体42年とかそんくらいだったと思う。(手記はあるが実家orz)

ほんで大和乗り組み、いきなしミッドウェーへ。
爺の持ち場は修理工場みたいなとこで、高角砲塔やらのフューズが切れた場合の取り替えやってたと。
そして扱きも厳しく、精神注入棒で毎夜毎夜ばっこんばっこん。こんなんしてて戦争に勝てんか、と悲しかったらすー。
結局大和は途中潜水艦(誤認?)に高角砲ぶっぱなした以外は交戦もなく、引き返した。
でもその帰りに新兵が一人居なくなっている事が解ったという。
恐らく耐えきれず夜の内に飛び込んだのだろう、と。


743: 骨ポッキン 2008/09/24(水) 23:36:47

20年ほど前東京での学生してた頃に、バイクで転がって足を複雑骨折した。
ちょうど夏休みに入る頃で、手術を受けるために九州へ帰郷する事に。
羽田空港でJALの用意してくれた車椅子に乗って待ってたら、ジー様バー様
のツアー軍団に囲まれた。
そん時の会話。
バイクで転がって骨折と言うと、ワシも昔船付き陸王乗っとったと。
船付き、つまりサイドカー。
自転車に乗れると言うだけで、命令一つ隊長御付のサイドカー運転手に。
で、その隊長つーのが絵に描いたような人道無視の極悪卑劣なクソ野朗。
アル中・ポン中の気分次第で、思いつきの無茶な命令出しては部下犬死。
退却(部下置き去り)の途中に谷底へバイクごと落としてやった、とニヤリ。
ジー様は仲間と共に無事生還。
基地の外な命令で無駄死にした親友の仇討ってやったと。


746: 本当にあった怖い名無し 2008/09/25(木) 17:56:01

>>743
自慢げに語ってるところがまた怖いし面白いなw

職場で知り合った人の爺さんも終戦時に部下置き去りにして
さっさと一人だけ日本に帰ってきたと聞いた。
そんなに偉くもなく、海軍だったそうなので無茶なことはやってないと思うが
その人が子供のころ、爺さんが持ち帰っていた94式拳銃と実弾を見つけて
オモチャにして遊んでたら発砲してしまい、警察に没収されたそうだ。


755: 本当にあった怖い名無し 2008/09/25(木) 23:21:11

じいさんが戦友から聞いた沖縄戦での話

夜に日本軍の偵察隊がパトロールしていると道に迷って見慣れない場所に出てしまった
位置を確認しようと隊員が集まって地図を見ていたら前方から数人の兵士が歩いて来た
暗くて良く分からないがシルエットから米軍兵士だとわかった
偵察隊とは言え物資不足で武器は錆びた軍刀と小銃だけである
相手はトンプソンやガーランドライフルなど高性能の武器でとても太刀打ちできるわけがない
偵察隊は何も出来ずじっとしていると何故か米軍兵士も何もせず近付いてきた
お互い敵同士だと分かっており顔は強張って偵察隊を睨んでいる
しかし結局何ごともなくお互いに顔を見合わせたまま通りすぎていった
しゃがんでいた隊長の尻に米軍兵士の足が当たった時、相手は
「ソーリー、サー」とまで言ったという

似たような話が西部戦線でもあり、後方に空挺降下した米軍部隊がドイツ軍と出くわした時、
お互いに全く戦う事なく道を譲り合ってしまったという話や
戦闘中逃げ込んだ穴に敵兵士が入っていて無言のまま何時間も過ごした話などがある

大きな戦争で徴兵された人間は普段から戦闘に慣れておらず
特に初めて戦場に立つ時など過度の緊張のあまりこういう事が起きるらしい
「自分が動けば相手も動く=殺される(良くて相打ち)」という心理か


768: 本当にあった怖い名無し 2008/09/27(土) 11:40:47

1940年のバトルオブブリテンで撃墜されたドイツ軍パイロットの話。

落下傘で田園地帯に降りたところを現地人に通報されてしまい
警官に逮捕される。
そしてその連れて行かれた先の警察署で朝食を食わせて貰う。

しかし敵兵なので軍のほうがいいだろうとすぐに地元の陸軍基地に
移送されてしまう。
パイロットがそこに着くと腹減ってるだろと二度目の朝飯を食わせて
もらうが、こいつは空軍兵なので空軍に引き渡そうという事になり
すぐに英空軍基地に移送される。

パイロットがそこに着くと応対に出てきた将校がパイロットに向かって
こう言ったらしい。
「まったく陸軍は野蛮で困ります、貴官は何か乱暴されませんでしたか?
お腹が空いているでしょう、すぐに朝食を持ってきます」


772: 本当にあった怖い名無し 2008/09/28(日) 11:46:36

>>768
のほほんとしてて良い話だなwww


781: 本当にあった怖い名無し 2008/10/01(水) 07:17:50

戦後生まれの母から聞いた話。
祖父は海軍の下っぱ(炊事担当)で硫黄島に出征。戦争末期のある日
上官(地元出身の中尉だったか少尉)に呼ばれ、「この島は明日には
アメリカの艦砲射撃を受ける。お前達まで無駄死にすることはない。
後のために本土に戻って女房にこども生ませろ」と夜中に船に乗せられ
島を離れたそうです。
しかし祖母はそんな事情は知らず、祖父は硫黄島で艦砲射撃を受け戦死。
と、官報と見舞いの毛布を受け取って、夫の命が毛布一枚と呆然としたとか。
終戦翌年祖父は復員しましたが、母がこどもの頃はまだ毛布はあったそうです。
硫黄島に残った他の人達の事を思うと、祖父達は上官に恵まれたんですね。
長文スマン。


802: 本当にあった怖い名無し 2008/10/03(金) 19:28:27

オレが戦争時の話で一番怖かったのは、小池荘彦の「心霊写真」の載ってる”写らない兵士の悲劇”の話。

集合写真に透けて写った兵士が、ノイローゼで自殺する。そののち上官が死んだはずのその兵士の名前を病院船の名簿で発見するが、すでに船は出てしまい確認できず。
ベツの戦地で、そこの部隊の伍長にその死んだ兵士が今ここにいると言われ、見に行くとおらず、一緒にいた兵が確かに今までいたのですが・・・と戸惑う話。

東京荒川に住んでいた人の分隊長の体験談らしい。


812: 本当にあった怖い名無し 2008/10/05(日) 23:24:25

不思議でも怖くもないけど…

死んだじいちゃんは戦争の話を誇らしげに語ってばかりいた。

実家には軍刀と銃弾?があるのでじいちゃんが従軍していたのは間違いない。
満州にいたらしいけど、小学生の夏休みに散々戦争はイクナイ教育を受けつづけた自分としては、怖くてきもちわるかった。
実家の軍刀も怖くてたまらんorz


815: 本当にあった怖い名無し 2008/10/06(月) 07:07:40

>>812
うちの昭和3年生まれのじいちゃん(故人)に似てる

「おかあさんのいなかにいきました
よるおじいちゃんが、てれびのせんそうえいがをみながら
せんそうってかっこいいんだよ、といいました
でも、ぼくはこわかったです」

小1のときの俺の夏休み絵日記。
先生が評価に困ったらしく
「おじいちゃんは何をつたえたかったのでしょうね?」
とだけかかれていた


816: 本当にあった怖い名無し 2008/10/06(月) 23:36:39

>>815
今までの話で一番怖い。


831: 本当にあった怖い名無し 2008/10/07(火) 21:54:59

戦争末期のビルマで、二等兵が将校の制服盗み
物資をだまし取って大儲けしたという話あったな。
当時での噂レベルだが。

捕虜収容所ではチェンジマスターと呼ばれ
職人経験ある兵に彫刻させたりして監視兵から嗜好品などを得て
それを捕虜の支給品と交換するを繰り返し儲けた人もいた。

後方の補給所では普通に物資を横流しして私腹を肥やした連中が多く
こういう輩は上級者に対しても態度がデカく、制服どころか派手な格好にサングラスだったらしい。

前線で戦った人の手記には、これらの物資が正常に補給されていれば
戦局も大きく変化したであろうと記されていたよ。

7: 本当にあった怖い名無し 2007/07/27(金) 22:40:15 
俺の住んでる地方(実際は隣の郡部なんだが)は当時海軍の飛行場があった所で 
俺の婆様が子供の頃山越しに昼間なのに夕焼けのように真っ赤な空を見て 
何だろうって思ってたら空襲だったんだと、1000人以上死んで川原一帯死体の山 
怪我人がうめき声をあげてても外に出ると艦載機に見つかるから見殺しにしてたんだと 
戦争とか他人事のようにしか思えんかったが自分のごく近い身内の実体験なのでガクブル 
その割に戦災者の幽霊みたいな話は聞いた事ないんだけどね 

22: 本当にあった怖い名無し 2007/07/31(火) 03:28:58 
俺の爺さんの弟が、学徒出陣で南方へ出征したそうなんだが、 
大人しいタイプってか物静かな性格だったんで、かなり心配してたんだと。 

で・・・1945年の7月末頃、ものすごい土砂降りの日に、 
うちの店先に薄汚れた兵士服を着た若者が突っ立ってたんだそうな。 
小間使いの子供が「何やってんだあの人」と思って話しかけたら、 
「ごめんなさい・・・」って小声で言って、そのまま雨の中を歩いていったそうだ。 
その話を後で爺さんが聞いたら、なんかすごく嫌な気分になったんだと。 

終戦後、弟の上官って人が汚い日の丸に包まれた小包を持って訪ねて来て、 
「弟さんは名誉の戦死を遂げられました」って報告してくれたんだそうな。 
小包の中には日記帳と戦地の海岸で拾ったらしい貝殻が幾つか入ってたそうだ。 
海戦で戦闘機に乗ったまま撃墜され、爆発したもんだから遺骨もないんだとか。 
だから墓にはその貝殻を弟の遺骨代わりに納めたんだと。 

爺さんは、例の土砂降りの日に来た兵士は弟の生霊だと信じてたっけな。 
弟は、おそらくあの日あの時間に撃墜されて死んだのだろうと。 
用事で外出してたにしろ、あの時その兵士に会ってやれなかった事を、 
爺さんは死ぬまで悔やんでたよ。 

29: 本当にあった怖い名無し 2007/07/31(火) 13:23:05 
太平洋戦争中よく怪我をした妖怪が目撃されたらしい。 
あとうちのじいさんから聞いたんだが、当時じいさんはゼロ戦闘機のパイロットだった。 
んで特攻する戦闘機を援護する任務のとき敵艦からの反撃が激しくて特攻隊はほぼ全滅。 
じいさんたち援護隊も被害が甚大でもう駄目だってときに、 
いきなり天狗みたいな奴や化け物がどこからともなく空を飛んできて敵艦からの集中砲火を引きつけてくれたらしい。 
じいさんいわく、そいつらのおかげでなんとか生きて帰ることができたらしい。 

74: 本当にあった怖い名無し 2007/08/02(木) 23:09:39 
>>29 
妖怪たちも自分たちの国を守るために戦ったんだな… 
切ないな… 

454: 本当にあった怖い名無し 2007/08/13(月) 00:21:12 
>>74 
>妖怪たちも自分たちの国を守るために戦ったんだな… 
>切ないな… 

何か頭の中でストーリーが一気に出来上がった 
コレを題材にして何か書いてみよう 

31: 本当にあった怖い名無し 2007/07/31(火) 16:20:23 
心霊とかは無関係だが、俺は原爆とか空襲の話も怖かったけど、 
原爆を輸送した帰りに日本軍によって撃沈されたアメリカ軍艦の 
生存者が体験した話も怖かったな。 

怖いのは人間なんかより自然だってこと。 

33: 本当にあった怖い名無し 2007/08/01(水) 04:10:55 
>>31 
巡洋艦インディアナポリスの話ですな・・・ 
この事件がジョーズの話にも引用されているけど1200人(?) 
くらいの乗員のうち300人が潜水艦の攻撃で死亡し残り900人の 
うち救助されたのは300人くらいだったような・・・ 
救助活動が非常に遅れた(5日)ことを鑑みてもかなりの人数がサメの 
犠牲になったことが推測できるがこの救助の遅れが基地の司令官同士が 
不仲であったことに起因する説があるのがオカルト・・・ 

53: 本当にあった怖い名無し 2007/08/02(木) 12:52:44 
じいちゃんのちょびっと不思議な話。 
十数年前に聞いたから詳しく覚えてない。  

九州から船で東南アジアの方に移動する事になったらしいけど 
じいちゃん、具合悪くなって外されたんだって。 

すぐ出港したその船、撃沈されたらしい((((;゚Д゚))) 

そのあと中国の北の方に行かされたらしいけど、激戦区でもなく全然銃器も使わなくてよかったらしい。 
終戦後無事に日本に帰った。 

徴兵された頃上官達の厳しい指導やイジメにあってたらしいけど、戦前の銀幕女優さんと親戚(血縁関係はないけどw) 
という事が知れ渡ると皆妙に優しくなって気持ち悪かったらしいw 


結論、祖父は運がよかったらしい。でも大砲の音で耳やられました。 

64: 本当にあった怖い名無し 2007/08/02(木) 16:20:52 
知り合いのおじいちゃんの話。 

その方は特攻隊の教官だったので、終戦後すぐ捕まって裁判受けるハメになり、 
有罪となってシベリア抑留されたそうです。 
あまりの寒さに仲間が毎日死んでゆく中、ある夜、こんな夢を見たんだそうです。 
それは雲海からぽっかり頭を出した杉の木の先、そのバックには富士山の頂上付近。 
なぜかハッと目が覚め 
「大丈夫だ!俺達は全員日本へ帰れるぞ!」 
とみんなを奮い起こしたそうです。 
すると間もなく本当に生き残った全員揃って日本に無事帰国。 
地元に戻って兄弟の経営していた会社に入り、寝食忘れてバリバリに働いていたそうです。 
生きるために、禍まがしい記憶を吹き飛ばす為に、その頃は割りと荒々しい生き方をしてたそうです。 
そんなある日静岡から山梨へ仕事で行ったとき、なぜかふと身延山に登りたくなったんだそうです。 
信仰してる訳でもなく、なぜか富士山でも他の山でもなく、なぜか身延山へ。 
その頂上まで登り着いたとき。 
自分がシベリアで見た夢と同じ光景が目に飛び込んできたんだそうです。 
雲海から一本にょっきり飛び出した杉の木の先っちょと、その向こうに富士山。 
その時 
「汝、判ったか? 
汝は生かされたんだぞ」 
と耳元で声がしたそうです。 
その声で、初めて生きて帰って来れた事を痛感し、また、死んで逝った戦友や仲間、指揮官達を思って帰国後初めて声をあげてワンワン泣いたそうです。 
それまで生きてきて後にも先にも「感謝」で号泣したのは、その時が最高だったそうです。 
80歳超えた今でも大変にお元気な方で、リアルに戦争の話を知らない私達に会う度に 
「自分が生きてるんじゃなかよ。 
生かされとるんよ。 
その事だけは絶対に忘れちゃいかんですよ」 
と、優しく説いて下さいます。 

こういう語り部の方々には、いつまでもお元気でいて戴きたいものです。 

107: 本当にあった怖い名無し 2007/08/04(土) 12:02:13 
>>64 
感動した!!!! 

138: 本当にあった怖い名無し 2007/08/04(土) 18:34:57 
>>64 
対米戦略の特攻でなんでシベリアに抑留されるんだ? 
そのじいちゃんはどこで終戦を迎えたんだ? 

162: 本当にあった怖い名無し 2007/08/05(日) 01:33:17 
>>138 
俺もそう思った。 
特攻の教官(たぶん九州)がシベリア抑留(関東軍)? 

164: 本当にあった怖い名無し 2007/08/05(日) 07:07:47 
>>162 
千島列島にいたんじゃん? 

143: 本当にあった怖い名無し 2007/08/04(土) 18:42:18 
ばあちゃんがしてくれたうちの近所の話。若い夫婦がいたんだが、 
夫が戦地(確か南方)に赴いて、しばらくしたら戦死したって知らせが届いた。 
妻はもちろん悲嘆にくれたが、農家だし男手が必要になってやむなく再婚した。 
やがて戦争が終わって一段落した頃に、死んだはずの(元)夫が帰ってきた。 
戦死というのは間違いだった。もちろん双方は気まずくなり、しばらくしたら 
夫は行方をくらました。 
やっと戦争が終わって帰ってきたら自分の居場所がないなんて別の意味で怖いわな。 

188: 本当にあった怖い名無し 2007/08/06(月) 09:12:52 
これは旧軍人の手記(タイトル忘れた)に書いてあった話だが、 
イギリス軍と日本軍の最前線で真夜中に5人くらいで夜間警備してたそうだ。 
で、草むらかき分けて移動してたら4~5人のイギリス兵がそれこそ3,4mくらいの至近距離に居た。 
もちろん向こうも気付いて固まっている。撃ち合えば確実に半分は死ぬだろう。 
そこで隊長格がわざと気付いていないふりをしてイギリス兵から距離を取り始めたら 
イギリス兵も気づいてないふりをして自分の陣地の方に戻って行ったそうだ。 
敵同士でも互いの考えてることが分かったりするんだな。 

215: 本当にあった怖い名無し 2007/08/06(月) 20:53:06 
今日爺ちゃんに戦争の事聞こうとしたんだけど、目が悪すぎて乙種合格だったのと獣医として満州に赴任した事以外語ってくれなかった。思い出したくないのかな。 


自分の地元は関大尉の故郷だ。大尉殿を祀ってある神社もある。怖いより逸話になるかもしれないけど、今度神社でいろいろ調べてくるよ。 

248: 本当にあった怖い名無し 2007/08/07(火) 14:54:06 
祖父が戦争に出向く方に、家の「斬馬刀」を二本に折り、打ち直して 
別々の人に渡したらしい 
戦争が終わり十数年ほど経った時に、その刀の片割れを持った方(生き残った方)の所に 
もう一つの「片割れ」の刀が不思議な経路で手元に来たそうです 

「刀が呼び合ったんだね」と聞きました 

264: 軍事板某所よりコピペ 2007/08/07(火) 18:54:15 
ニューギニアのあたりのある戦場でのこと。  
大規模な戦闘をした部隊があって、その後、その部隊の前線基地に、  
夜な夜な、死んだ兵隊たちが現われるようになったそうです。  
彼らはいずれも、足がちゃんとあり、懐かしそうに  
「よお!」とか言いながら、現われるのだそうです。  
いずれも確かに戦死した連中ばかり。  
神主の息子の兵士がまじないをやったり、お経をよめる兵士がお経を詠んだりしても、まったく効き目無し。  
そのうち、ズカズカ上がり込んできて、貴重な飯をバクバク食う始末。  
しかも、いきなり手がスルスルっと伸びて、木の実を取ったりして、明らかに化け物化している様子。  
怖いやら迷惑やらで困っていたのですが、なんとも手の施しようが無い。  
見るに見かねた中尉だか大尉だかの隊長さんが、幽霊たちが集まっているところへ、  
ツカツカと歩いていって、いきなり大声で、  
「全員、整列!」  
と言うと、素直に整列したそう。そして、  
「貴様らは、全員戦死した兵隊である。よってこの世にいてはならん。  
全員あの世へ行って成仏するように。これは命令である!」  
隊長が涙を流しながら言うと、幽霊たちは、しばらく呆然とした顔で佇んでいたが、  
そのうち全員が泣き始め、やがてボロボロと土人形のように崩れていったそう。  
あとにはその土だけが残り、彼らは二度と現われることはなかった。  
兵隊たちはその土の大部分は現地に埋め、残りを少しづつ日本に持って帰って、供養したそうです。 

266: 本当にあった怖い名無し 2007/08/07(火) 21:11:24 
>>264 
黒澤明の「夢」を思い出した 

270: 本当にあった怖い名無し 2007/08/08(水) 00:56:43 
じいさんから聞いた話 
俺のじいさんは戦争中爆撃機で司令官を運ぶパイロットだった。 
もちろん護衛に戦闘機を引き連れてだけど。 
戦争で戦友が次々死んでいく中で、じいさんの一番親しい友達も死んでしまった。 
戦局が悪化して護衛の戦闘機が乏しくなった中、護衛が1機という悲惨な状態に。 
突然米軍の戦闘機2機に襲われた事があった。その時死んだ筈の友達の声で「オイ!!」 
と聞こえて咄嗟に旋回してギリギリ銃撃をかわしたらしい。 
米軍の1機は護衛機が追い払ったが、もう1機は、どこからきたのかわからない 
友軍機が火を吹きながら追いかけて、米軍機は勝手にジャングルへ墜落した。 
その後友軍機はじいさんと護衛機と並行して飛んでたんだが… 
機体のナンバーが死んだ友達のものだった。 
全てを察してじいさんが敬礼をすると友軍機は火を吹きながら上昇して 
雲の中へ消えたそう…。じいさんは今でもその友達の墓参りに行ってる。 



274: 本当にあった怖い名無し 2007/08/08(水) 06:18:02 
>>270 
すげぇよ。・゚・(ノД`)・゚・。 
友達の絆っていいな・・・・・・・爺さんの宝物だな 

280: 本当にあった怖い名無し 2007/08/08(水) 14:28:39 
>>270 
そろそろ止めないか?海兵隊のヘルキャットに、護衛が1機で爆撃機で旋回?、信じるヤツが出て来るからな。 

305: 軍板初心者 2007/08/09(木) 15:43:18 
↑ウジウジすんなよ。 

太平洋戦争での怖い話か…戦後暫く経っても、ジャングルには日本兵の幽霊が出没したそうだ。 
姿まで見えるのかどうかは不明だけど、夜のジャングルから「グンソウドノ」「ミズヲクダサイ」「ガンバレ」などの声を、現地の方々が聞いているそうだ。 

あと…リアルで怖いといえば重巡インディアナポリスの話が有名だけど、戦争末期にイギリス軍と交戦中の日本兵1000人以上が、イリエワニの集団に襲われ、一夜にして数名(数十名だったかな?)を残して全滅、って事件もあったよね。 

前のレスで出てた、洞窟の捕虜が居なくなる話。俺が見たのだと、犯人は大トカゲだったと思う。で、ヤッパリ日本兵に退治されたって結末。 
日本のエースパイロット、故・坂井三郎氏の戦記でも、死んだオランダ兵の遺体を貪り食う大トカゲの記述があった。 

ついでにもう一個。 
ビルマ戦線の話らしいんだけど、毎日突撃してくる日本軍の話。 

あるイギリス軍陣地に、日本軍が毎日突撃を掛けてくる。イギリス軍はその都度反撃するんだけど、どうやら突撃してくるのは生きた日本兵ではない様子。 
最後にはイギリス軍が参ってしまい、「生きている」日本軍に降伏したそうだ。 

328: 本当にあった怖い名無し 2007/08/09(木) 21:19:10 
>>305 
貴重な話感謝。 
できれば話の出典をあげてもらうとありがたい。自分もいろいろと読んでみたいので。 

ところで、イリエワニの集団に日本兵が虐殺された話に、現地の神的な力を感じる 
のは自分だけだろうか。 

339: 軍板初心者 2007/08/09(木) 21:55:50 
>>328 
出典は色々です。 
軍板で見たもの、本で見たもの、ネットで見たもの…などなど。 

火を噴いた飛行機…で思い出したけど、先に出した坂井氏の著書で若い爆撃機パイロットの話があった。 

このパイロット、日頃から「俺は宙返りがしたい」って言ってたんだけど、皆から「爆撃機で宙返り出来る筈ないじゃん」と言われてた。 

だけど、ある日の作戦で、この若いパイロットの乗る爆撃機が攻撃を受けて火だるまになってしまった。後は墜落か爆発するのみ…。 

「もう駄目だ、助からない」皆が思ったその時。 
火だるまの爆撃機は突然機首を上げるや、やや斜めながらも見事な宙返りを成し遂げた。 

宙返りした爆撃機は、直後に爆発四散。若いパイロットは愛機と共に空へ散った…。 

これを読んだ時は、思わず泣いてしまいました。 

ところで、上のレスで出てたサメの話をもうひとつ。 

ある日本軍機が攻撃を受けて(エンジン不調だったかも)、海に不時着した。 

偶然、それを味方の偵察機だかが発見。不時着機の上空を旋回した。 

不時着機のパイロットは最初、元気に手を振ってたんだけど、そのうち必死に海を軍刀で突き始めた。 

なんだなんだ?と思って海面を見ると…海には沢山のサメが。 

その後改めてパイロットを助けに行ったものの、海には油が浮いてるだけだったそうだ。 

363: 本当にあった怖い名無し 2007/08/10(金) 06:34:53 
沈没した日本軍の潜水艦を引き上げたら、 
乗員は取り乱さず眠るように亡くなっていた… 
って話、昔、『丸』で読んだことあります。 

で、艦長の遺書が遺されていて、そこには… 

大事な御国の艦を沈没させて申し訳ない。 
しかし、部下たちを責めないでいただきたい。 
総員全てが沈着冷静に行動し、一切乱れることなく任務を全うした。 
沈没における全ての責任は艦長である私にある。 
部下たちの遺族には、どうか手厚い保護をしていただけますよう… 

との文面が。 
潜水艦乗りの鑑としか言いようのない最期に 
日本国内の軍人たちが敬意を表したのはもちろん、 
世界中の軍人たちからも讃えられている、とありました。 

365: 本当にあった怖い名無し 2007/08/10(金) 09:14:49 
>>363 
佐久間大尉だな。 

370: 本当にあった怖い名無し 2007/08/10(金) 12:32:00 
>>363 
佐久間艇長生誕地って看板立ってるよね 

371: 本当にあった怖い名無し 2007/08/10(金) 13:45:14 
大学の地元が長崎の友達から聞いた話。 

その友達の祖父ちゃんは子供の頃に長崎原爆投下があったらしいのだが、 
前日の晩寝てると一回り年が離れてて戦地に行ってるはずのお兄さんが夢枕に立って 
夜が明けたらとにかく市内から逃げろと言って消えた。 
確かにお兄さんだったしでも戦地に行ってるはずだしってどうなっているんだろうと 
思いつつも祖父ちゃんは両親(友達の曽祖父曾祖母)に話した。 
曽祖父曾祖母は祖父ちゃんの話を冷静に聞いた上で、翌朝早くに 
親戚が居た有明の方に向かったそう。そしたら原爆投下。 
両親や祖父ちゃんはお兄さんのお陰で命は助かったねなどと話をしていたのだが、 
その肝心のお兄さんは祖父ちゃんの夢枕に立つより前に既に戦地で亡くなっていたらしい。 

祖父ちゃんは今でもお兄さんに命救われたってよく話してて、 
お墓参りとか欠かさずにやっているとの事。 

378: 軍板初心者 2007/08/10(金) 21:55:21 
巡洋艦「畝傍」の行方不明事件は有名みたいですね。 
何せ、一国の軍艦が消えてしまった訳ですし…。 

ところで、「ひかりごけ事件」というのがあります。 

太平洋戦争時、北方で(確か北海道辺り)一隻の小型船が難破しました。 
乗組員達は何とか岸まで泳ぎ着いたものの、季節は冬。 

極寒の地で乗組員達は疲労と寒さ、そして飢えが原因で一人、また一人と死んでいきます。 

「このままでは、いずれ全員が死んでしまう…」 
生き残った乗組員は悩み続けた後に、とうとう「神の食料」を口にする決断をします。 

先に死んだ乗組員を食べ続け…とうとう船長一人に。 
とうとう全滅か、と思われた時。船長は辛くも救出されます。 

救出された当初、彼は不屈の精神を持つ英雄として評判になりました。 
ですが、どうやって生き延びたのか、何を食べたのかが明るみになると…世論の風当たりは冷たいものとなります。 
挙げ句、裁判にまでなりました。 

この事件は有名で、映画にもなりました。ネットも検索すれば、詳細な記述が出てくる筈です。 


実は他にも話はあるんですが、ヨーロッパ方面になってしまうんですよね…ご希望があれば、書こうと思います。 

446: 本当にあった怖い名無し 2007/08/12(日) 19:36:14 
婆ちゃんから聞いた話。 

婆ちゃんは汽車に乗って行く用事があって、その汽車の時間に遅れそうで急いでいた。 
途中駅まで数百メートルのところで不意に誰かに突き飛ばされた。 
その自分を突き飛ばした人の方を見たが、太陽を背に立っていたため顔はあまり良く見えなかったらしいが、そこにいたのはたしかに日本兵の軍服を着た弟だったと言う。 
今、陸軍に行っているはずの弟がなぜと思って必死に呼びかけたが、返事もせずに林の中に入り、消えるようにすぐ見えなくなった。 
弟の事も気になったが大事な用事を思いだし、駅に向かったが汽車はすでに到着し、出発寸前。 
その時、轟音が。 
敵の戦闘機が飛んできて、駅と汽車に向けて機銃掃射したそうで、まさに蜂の巣状態になってしまったという。 

数日後、弟は指の骨だけになって帰ってきた。立派な戦死だったそうだ。 

491: 本当にあった怖い名無し 2007/08/16(木) 20:44:27 
水木は戦地で妖怪ぬりかべに出会ったって言ってたよね。 

492: 本当にあった怖い名無し 2007/08/16(木) 20:48:30 
>>491 
加えて生きたまま現世と霊界の境界線に迷い込んだとか言ってるし。 

501: 本当にあった怖い名無し 2007/08/17(金) 17:44:13 
>>491 
興味深い証言だ 
水木さんの言う事なら嘘じゃない気がして… 
第一そんな笑える嘘ついても良い事ないしな 

680: 本当にあった怖い名無し 2007/08/22(水) 21:42:16 
>>491じゃないが、 
水木さんの「ぬりかべの話」はテレビで見たなぁ。 
北野たけしさんの番組(テレビタックルかなにか)にゲストで出演して話してたよ。 
俺の記憶が曖昧だが、だいたいこんな内容だったと思う。 

戦地(南方というのかな?どこか熱帯地方の国だろうね)のジャングルにいたとき。 
夜のジャングルは、本当に真っ暗で、すぐ目の前の物も見えない。 
そんな闇の中を移動してたら、突然、前に進めなくなった。 
暗闇で何も見えないが、あるはずの無い壁みたいなものに邪魔され、どうにも進めなかったそうだ。 
しばらくあがいたがどうにもならず、困り果てたあげく 
なんとなく壁の下のほう?壁の根元?を手探りしたら隙間があった。 
そこに手を入れ、上に持ち上げるようにしたら、不思議と壁は無くなってしまった。 
(説明してる水木さんの身振りは、建物のシャッターを開けるようなしぐさだった) 

戦争が終わり、日本に戻った水木さんが、妖怪に関する古い文献を読んでいたら 
ぬりかべの特徴が書かれている部分を見つけた。 
「暗い夜道で突然前に進めなくなる。下からすくい上げるようにすると消えて無くなる」 
ああ、あの時とアレだ。やっぱりアレはぬりかべだったんだ。……と確信したそうな。 

590: 本当にあった怖い名無し 2007/08/21(火) 00:30:05 
昔、父から聞いた話を思い出して書いてみます 
当時、父は父(叔父)と母、長男、次男(父)の4人で暮らしていました 
しかし、戦局が厳しくなると、当時、学生だった長男も出征する事になりました 
駅で汽車に乗り込む際、母は泣きながら近くの神社のお守りを手渡し、父は 
長男が生まれた日に買った柱時計のぜんまいを巻くネジを手渡して 
「これはお前に預ける、帰ってきてお前が巻くんだ… 良いか、絶対だぞ!!」と言ったそうです 
それから数ヶ月経ったある日の夜、両親は突然金縛りにあって目が覚めました 
同時に、玄関の扉がガラガラと開く音がしました 
そのまま、コトコトと足音が一家の寝ている寝室に迫ってきて… 部屋の襖が開きました 
泥に汚れた靴、足に巻いた包帯、軍服に白襷、そして鉄兜… 月明かりに照らし出されたその姿と顔は、まさしく長男でした 
彼は、まだ幼かった次男と柱時計を見てにこりと微笑み、両親に一礼したそうです 
同時に、カチンという音と共に別の時計が1時を指しました (柱時計はぜんまいが伸びていたので動いていませんでした) 
はっとして再び長男の立っていた所を見ましたが、そこには誰もいませんでした 
ただ、そこにはあのネジとお守り、そして「生きて帰る事が出来ず申し訳御座いません」と書かれた1通の手紙がおいてありました 
数日後、家に電報が届きました…  そこには、やはりと言うべきか 
「歩兵○連隊は、午前1時、現地時間○時ごろ、○島にて決死の突撃を敢行し、見事全軍玉砕せり」と書かれていました 
あれから早六十数年、当時の家も取り壊され、叔父も逝き、父ももう長くはありません 
長男も今、どこかの島の土の下で眠っています 
あの手紙やお守りは今も大事にしまってありますし、柱時計も今、この瞬間も時を刻んで、 
鐘を鳴らしています(ネジももちろんあります) 
少なくとも、私が生きている限りはこれらの品々は絶対に残していきます 

以上   駄文、長文の上にベタな話ですいません …最後まで読んでくれた方ありがとう御座いました 

667: 本当にあった怖い名無し 2007/08/22(水) 17:56:24 
俺のじいちゃんは軍隊の訓練が嫌で胃潰瘍になってつき返されてきたよ。 
やる気の無さと根性の無さが、さすが俺のじいちゃんって感じで好きだった。 
面白いじいちゃんだったよ。 

ただ、胃潰瘍の手術は軍でやったらしいんだけど、縛り付けられて 
麻酔が皮膚の表面麻酔程度で腹を裂かれて胃を裂かれたらしい。 
痛すぎて何度も「殺してくれー!」と叫んだけど、軍医に「貴様それでも軍人か!」と言われたらしい。 
気絶してもまた痛みで覚醒して、また気絶しての繰り返しだったようだ。 

そのトラウマがあって、老後に手術した時も眠らされてるのに 
「痛いーーー!!殺せー!!」と無意識に叫んでたらしいよ。 

715: 本当にあった怖い名無し 2007/08/25(土) 00:16:15 
①栗林中将が、硫黄島日本返還の日の早朝に奥様(義井=よしゑ様)の夢枕に立って 
「今帰ったよ。」と言った。滅多に栗林の夢など見ないのに珍しいと話していたその日の午後に内閣から義井様の所に電話があって 
硫黄島を含む小笠原諸島返還を報告されて、初めて硫黄島返還を知った話。 
②市丸少将の愛用の軍刀が硫黄島からアメリカに渡って20年後に見つかった話。その前に、若き日にパイロットだった市丸少将が戦闘機搭乗中に 
敵銃弾を受け、その愛用の刀の切っ先に当たって欠けたことで市丸少将は命拾いした話。また、アメリカから日本に戻ったその刀が唐津城の展示場から盗まれて、 
再び骨董品屋から遺族の元に戻った話。 
いずれも不思議ですね。 

716: 本当にあった怖い名無し 2007/08/25(土) 02:16:23 
サイパンのガラパン地区よりちょっと南に下ったところに 
チャランカノアという地区がある。 
ビーチはよくグラビア撮影に使われたりするところだ。 
そこは米軍が最初に上陸してきた地点で、当然日本軍との戦闘もあった。 

そこに今も日本兵が二人ほどいるらしい。真っ昼間でも見える人には見えるそうだ。 
バーベキューしながら雑談していると、その雑談に相づちうったりしているらしい。 
なんか和んでいるそうな。 

769: 本当にあった怖い名無し 2007/09/01(土) 06:21:29 
ある仕事で一緒だった人の親父さんは、以前海外(ビルマだったかな?)に赴任してた。 

そのとき滞在してた村の付近に大きな沼があった。 
現地では、その沼には「悪魔」が棲んでいると言われており 
何十年も前から子供が水中に引きずりこまれたりして恐れられてたんだそうな。 

それを知らないこの親父さんが沼を見てると、水面に現れたのはなんと巨大なカメ! 
(正確には巨大なスッポンだったらしい) 
だが生き物好きだった親父さんは怯えるどころか「コイ、コイ」と手で合図をした。 
すると、巨大ガメは素直に目の前まで寄ってきたではないか! 
親父さんはすかさず手に持っていたバナナをカメの口にねじこむとあっさり捕えてしまった。 
(巨大ガメはかなり老齢になっていて暴れなかったらしい) 

村では日本人が「悪魔」を捕まえた、と ちょっとした騒ぎだったそうです。 

777: 本当にあった怖い名無し 2007/09/01(土) 19:19:51 
>>769 
コガシラスッポンだろうか。 
俺も生き物は好きだが、巨大なスッポンに手を出す度胸は無いw 

855: 本当にあった怖い名無し 2007/09/06(木) 12:25:11 
俺の爺さんから聞いた話。 
豊橋の13歩兵連隊に所属し、満州戦線で戦闘を行った時の事。 
戦場を警戒しながら歩いてると、腹の辺りの皮膚に激痛が走ったんだと。 
思わず前屈みになってしまったんだが、その刹那、頭上でガチーン!って音が! 
狙撃されてたらしい。何とかその場から生きて生還したんだけど、 
あの時前屈みになってなかったら側頭部を直撃されてたって言ってた。 
ちなみにその激痛感じた腹部には嫁さん(つまり俺のばあちゃん)から貰った100人針があったそうな。 
たいそうばあちゃんに感謝したらしいんだけど、晩年はよく喧嘩してたw 

でも渾身の狙撃を避けられた支那狙撃兵はビビっったろうなw 

861: 本当にあった怖い名無し 2007/09/06(木) 21:01:41 
>>855 
何かええ話じゃー 

903: 本当にあった怖い名無し 2007/09/09(日) 09:46:21 
沖縄地上戦での話。ある母子が連合軍の艦砲射撃から必死で逃げていた。ところが 
どっからか砲弾の破片かなんかが飛んできて、一瞬で母親の首から上を吹き飛ばした 
そうだ。それでも赤子をおぶったまま、その母親は首のないまま1分ほどその場に 
立っていたそうだ。実話。 

これが戦争なんだよ。 

904: 本当にあった怖い名無し 2007/09/09(日) 10:01:52 
そういう話なら俺も聞いたことがあるぞ 
米軍艦載機の機銃掃射で母子が撃たれ、 
母親のほうは血煙が立ったかとおもったら 
足だけ残して霧消したそうだ。 

あれは12.7mm機銃の連装なんだが 
ちょうど弾束が収束する点で当たったのだろう。 
何せ、映画で見るような生やさしいもんじゃないそうな機銃掃射ってのは。 

・・とそれを見ていたおっさんの話。 

905: 本当にあった怖い名無し 2007/09/09(日) 10:46:49 
とある村での出来事 
その村には練兵場があったのだが、昭和18年、練兵場にいた部隊が南方のとある島へ出征する事になった 
練兵場の兵士はもちろん全員、警察官や消防士は半分、役場の職員は3分の2、学校の教員は 
3分の1、商店街で個人営業をしていた人は半数… 
村にいる16歳から30歳までの男性がほぼ全員出征した 
それから1年余り経った時の事である 
時間にして午後9時ちょうど、村に「ズドーン」という轟音が響き渡った 
練兵場の兵舎に雷が落ちたのだ 
すぐに消防団が消火に向かったが若い者が出陣した人手不足も手伝って 
火の勢いは全く衰えず、結局兵舎は全焼してしまった 
それから2日後…村にとある知らせが届いた 
その知らせを聞いた人々は色々な意味で絶句した 
兵舎に雷が落ちた午後9時…それは、南方に出征した部隊が全滅した時間と全く同じだったのだ 
しかも、兵舎の消火作業をしている時に撮られた写真には、燃え盛る炎の中にはっきりと無数の人影が写りこんでいた 
「人は死ぬときに魂が故郷に帰る」ということわざがあるが…そのことわざは本当なのかもしれない 
ちなみにその写真は、今も役場の倉庫のどこかで埃を被っているという 

973: >>1っぽい ◆.RZtM7ArYM 2007/09/10(月) 21:44:03 
戦争ってどういうものか 
俺らは写真や映像なんかで知ることが出来るけど 
実際、その場で、生で感じたことはないんだから100%理解は出来ない 
人が人を殺しあう残酷で今じゃ考えられない狂気の時代を生きた人達にとっては 
その日その時間がオカルトそのものだっただろうな 

まぁそんな感じで「太平洋戦争中の不思議な・怖い話」 
そろそろ幕を閉じるワケです 

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