【セピア】おじいちゃん、おばあちゃんの思い出 てんこもり。


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【セピア】おじいちゃん、おばあちゃんの思い出

10: 大人になった名無しさん 03/12/19 04:28
田舎に帰った小2の夏休み。 
俺に口内炎ができていたのを知った祖母は、 
何をトチ狂ったのか妙な箱型の機械を取り出し、 
患部に電極をあて放電………。 

後で聞いたら一種の電気治療に使うものらしいが、 
特に治りが早かったということは無い…。 

11: 大人になった名無しさん 03/12/19 11:36
母が弟の出産の時、俺の面倒見てもらうため母方のばあちゃんちによく行った。 
よくホットミルクを飲ませてくれた。 
砂糖をたくさん入れるから少し甘すぎたけど、今となってはいい思い出。 
ちなみに父方、母方両方の祖父母はみな元気です。

14: 大人になった名無しさん 03/12/25 20:45

うちのおばあちゃんは冬生まれ。
私が凄く小さかった頃に、季節は秋だったのだが、
おばあちゃんに”誕生日プレゼント”と言って秋の花を手渡した。
もう10年以上前のこと。
おばあちゃんは今でも実家に帰るたびにその話をする。
今年のおばあちゃんの誕生日には、豪華な赤い花束でも贈ろうかな…


18: 大人になった名無しさん 04/01/02 18:07

父方の祖母がさっき亡くなった。一昨年くらいから体調が悪かったようで
昨年も入院騒動があったりしてたが、今日実家へ行くか行かないかと
いうことで親だけ行くことになり、その親が帰っている矢先に倒れたらしい。
自分が最後に会ったのは去年の10月か11月頃だったかな、元気だったのに…
安らかに眠ってもらいたい。


20: 大人になった名無しさん 04/01/03 00:47

小さい頃田舎でボール遊びをしてて、
大事にしてたボールを裏の山で無くして
結局見つからずに、しょげながら家に帰ったのを
おじいちゃんが見てて、
2~3週間後おじいちゃんが見つけて、
俺の家に送ってくれたのが
すごいうれしかった。
広い山の中で小さなボールを見つけるのってすごい大変だったと思うが


21: 大人になった名無しさん 04/01/03 05:21

祖父の遺言『時の政府を信用するな』


26: 大人になった名無しさん 04/01/14 12:28

おばあちゃんの思い出。
食べ物は粗末にしちゃいけないよ、と教えてくれながら
炊飯器に残った米粒を集めて庭でスズメにやっていた。

美食家とかが一口食べて残してしまうとかいうのは
例えマンガの世界でも心痛む...


29: 大人になった名無しさん 04/01/17 16:48

おばあちゃんには色々騙されたなぁ。。。
米一粒に7人の神様が住んでいて、
一粒でも残すと神様が泣くのだ、といわれた。
あと、嘘をついたら地面に向かって閻魔様に謝りなさいとかw
昔はいちいち謝ってた。
子供の頃、自分の世界には閻魔様もホトケサマも神様も居たけど、大きくなったら居なくなっちゃったな…


31: 大人になった名無しさん 04/01/21 19:50

>>29
>子供の頃、自分の世界には閻魔様もホトケサマも神様も居たけど、大きくなったら居なくなっちゃったな…

なんかマジでセピアな気分になったYO


30: 大人になった名無しさん 04/01/17 17:49

働き者だった祖父。
花とか綺麗なものが大好きで、頑固だけど暖かい人だった。
最期の言葉は母に言った「死ぬのって怖いなあ」
後から聞いて、傍にいられなかったことを激しく後悔した。
もう一度会って謝りたい。


32: 大人になった名無しさん 04/01/21 19:57

おじいちゃんの家に遊びに行く度に
「また、おーきくなったなあ」
"たかいたかい"をしてもらった。

今のじいちゃんは重いもの持ちあげるなんて出来ないんだよな。
でも嬉しくて何回もやってもらった事をしっかり覚えてる。
もう25年以上前の事だけど。


34: 大人になった名無しさん 04/01/22 13:43

おじいちゃんが寿命で死んだ時、私は5年生だった。
人が死ぬということを初めて体験するわたしは、怖くてじいちゃんが寝てる部屋に行けなかった。
じいちゃんごめんね。大勢集まってる中に私が居ないこと気づいてくれてありがとう。

ばあちゃんが入院してた時、私は高2だった。
お見舞いに行ったらいきなり「あんた誰?」と言われて怖くなった。この前は普通だったのに。
それから怖くてお見舞いに行けなくなってしまってごめんなさい。
ボケちゃったせいで、看護婦に叩かれたとか、先生が自分を実験台にしてるとか思っちゃって
悲しかっただろうな。誰もそんなことしてないよ、ばあちゃん。
最期に手を握っていた私を見てくれてありがとう。目を開けるのも必死だったよねきっと。
なのに声かけられなくてごめんね。


37: 大人になった名無しさん 04/01/25 12:28

もう死んでて居ないけど、青森のじいちゃんばあちゃんと違ってすんごく優しかった。
戦争に行って明治天皇に勲章貰ったほど立派な人で、死ぬまで水彩画を描き続けてた。
あの時の俺にとってはよき理解者で頼りになる神様のような人だった。
なぁじいちゃん、何故アンタが死んだのか解んねぇよ・・・俺にとって唯一自慢できる存在だったのに。
やべぇカキコしてたら泣けてきた・・・(つД`)


43: 大人になった名無しさん 04/02/08 06:46

俺が零歳、兄貴が一歳で親が離婚して、赤ん坊から幼稚園まで父方の婆ちゃんに育てられ
たんだけど、別れる時はいつも冬で雪がキラキラしてた記憶が。札幌だからだと
思うけど。
親父が再婚して新しい母親と迎えに来た時と、大学時代の最期の二回だけど。
迎えに来た時、日が照ってるのに雪の中で婆ちゃんボロボロ泣いて家の前で手振ってて、
俺も泣いてて、兄貴は達観してるのか大人しかった。
入院してた時の婆ちゃんの手は暖かくて、外はパウダースノーのいい天気なのに
寂しくて全然冴えない気分で。
1週間くらい点滴変えたり手握ってたんだけど、その間100回くらい俺が子供の頃道路に
取り残された話とか繰り返してた。多分記憶が混乱してたのと寂しかったんだと思う。
期末試験なんで俺が帰る時にもう最期だなと思って、やっぱ最期だったんだけど
5年間育てて貰ってその後累計三ヶ月くらいしか一緒に居なかったし、長い間
婆ちゃんは一人ぼっちで、何か試験なんかぶっちぎりで留年しても良かったかな
と今でも後悔。一つ上の兄は何かと婆ちゃんにはやさしくしてたんだけど
俺はちょっと人間としてどうなのか?事あるごとに昨日の事みたいに思い出す。
婆ちゃん何にも孝行出来ないでごめんでした。


44: 大人になった名無しさん 04/02/09 16:22

可愛いけど世話かかるさかりを自分が育てたんじゃぁ淋しかったろうな、ばあちゃん。
おまえは十分孝行したと思うよ。

それより、後悔すると分かってて何もしてやれない俺はどうなんだ・・・


45: 大人になった名無しさん 04/02/11 01:37

>>44
あんたイイ奴だね~。サンクス。
俺の場合、失敗して凹んでる時何かと理由を付けて行かなかったりしたのを後悔してる。
婆ちゃんの前でだけはいい子で格好付けたかったってのも有ったが…。
親父なんか1年間100万円以上使って土日に会いに行って面倒見てたのに
俺は何となく過ごすだけで月日を過ごしたっつーか。
後悔したくなければ、うざい自分の感情は切り離して、何度も会いに行く事だと思う。


55: 大人になった名無しさん 04/03/11 22:45

じいちゃんは寡黙で頑固だけど情のある人でした。当時飼ってた犬が脱走した時も
見つかるまで一緒に探してくれたのはじいちゃんでした。体調崩して救急車呼んだ
時も担架に寝かされて運ばれるのが嫌で、ばーちゃんとねーちゃんが止めるのも聞かず
自分の足で庭まで出ていくような人でした。それから入退院を繰り返すようになり、
そろそろ危ないから・・と両親に言われて病院に見舞いにいった時、チューブをいっぱい
つけられて顔が膨らんだじーちゃんが俺に向かって「じーちゃん苦しいわ」と言いました。
そのとき初めてじーちゃんの弱音を聞きました。 別の日に母親が見舞いに行ってて、いった
家に帰ってきてた時にじーちゃんは病室で一人で亡くなりました。 みんなは一人で逝かせて
かわいそうだったって言ってたけど、俺は自分の汚いところ、弱いところを見せたくない
じーちゃんらしいと思った。 明治生まれの男を感じました。


56: 大人になった名無しさん 04/03/13 13:33

おじいちゃんへ
漁師をやっていたときのおじいちゃん、
凄くかっこよかった 
俺もじいちゃんみたいになる!って猿のように喚いていたね
三年前やっと漁師になれた
でもじいちゃん俺が漁師になるまで待ってくれなかった
入院していたとき、本当は凄く苦しいはずなのに俺が来るといつもにこにこ笑っててさ、
母さんからもう助からないって何度も聞かされたはずなのに
「もしかしたら」とか「あの調子なら大丈夫だろ」って思ってた
俺はガキだったから、バカだったから、じいちゃんが死んでもちゃんとよく分かってなかった
いっぱい我が儘言った。 ごめんなさい 
再び報告します。 俺漁師になれました そして来月、結婚します。


63: 大人になった名無しさん 04/03/18 13:47

漏れのばあちゃんは、親父生む時医者から心配されるほど体が弱かったらしい。

だから、盆と正月に田舎に行くといつも「もう次は会えないんだろうねえ」が口癖で
思い残すことがないようにという気だったのか、めちゃくちゃかわいがってもらった。
漏れは覚えてないが、おふくろによると、田舎から漏れ達が帰るときは、ばあちゃん
いつも涙流してたらしい。

でも、そんな人だから体に気を使ってたのか、漏れが覚えてる限り、いつも元気で
病気してるとこなんか見たことなくて、90過ぎても自分のことは自分でしてたくらい
元気な印象しかなかった。

・・・そんなばあちゃんが、こないだ入院した。94歳の誕生日に見舞いに行ったら、
ベッドで管通されて寝てるばあちゃんが、なんだかすごく小さく見えた。寝てたけど
起こすのもなあ、と思ってしばらくばあちゃんのベッドの脇に立ってたら、ばあちゃん
目を覚ました。ちょこっと話をしたけど、ふとばあちゃんに「おばあちゃんが死んだら
○○(漏れの名前)のこと一生懸命守るからね。」って言われた。なんか、ばあちゃん
すごく遠くなったようで、ますます小さく見えて、いたたまれなくなった・・・。

おばあちゃん、そんなさみしいこと言わないで・・・。早く元気になってね。


67: 大人になった名無しさん 04/03/29 17:04

自分が消防の頃、親やじいちゃんは農作業のため学校から帰ると家には
ばあちゃんしかいなかった。だから自然とばあちゃんっ子になった。

学校から帰ると丁度おやつの時間だったのでばあちゃんはよくご飯の余りで
塩だけのおにぎりを作ってくれた。それがすごく好きで毎日楽しみに待っていた。
自分でも喜んで食べてたし、ばあちゃんも嬉しそう顔をほころばせていた。
でも中学生になって人並みに反抗期になりいつしかばあちゃんとの会話もまともに
しなかった。当然おにぎりも食べなくなった。親に反抗はしなかったけど代わりに
ばあちゃんに反抗してたんだなぁと今になって思うよ。

それが中3のある日、突然旅立った。誰にもさよならを言うことなく風呂場で
静かに亡くなった。葬式中、もう会えない、謝ることも何かしてあげることも
出来ない・・・そう思った瞬間ボロボロと涙が出てきた。死んだ直後や通夜でも
泣かなかったに人目を考えず大泣きした。多分今までの人生の中であれ以上に
泣いたことは無かったと思う。

あの塩おにぎりが食べられないんだなぁと思うと今でも涙腺が潤んでくる。
あれ以上に美味いおにぎりは今でも食べたことが無いなぁ・・・


68: 大人になった名無しさん 04/04/18 19:14

私の祖母は小学校2年生のときに亡くなった。癌だった。
幼稚園のときにおばあちゃんの家で食べさせてもらった豆ご飯おいしかったなぁ
美味しい美味しいって4杯も食べたらおばあちゃんにこにこ笑ってた。
よく散歩に行ったり、ゲートボールしたりしてて、すごい元気だったのに。
最後に会った時に、辛いのにエレベーターまで見送りに来てくれた。
病室で何を話したのかは覚えてない。
おばあちゃんは死ぬのを怖がっていなかった。
絶対天国に行くって、信じてたから。
悲しかったのにお葬式が始まっても泣けなくて。
しばらくしてお母さんがお年玉をくれた。(年末に亡くなったから)
おばあちゃんが取っておいてくれたお年玉だった。
そのとき初めて涙が出てきた。


69: 大人になった名無しさん 04/04/27 03:28

昔、母方の祖父の家に見舞いに行き、少しボケてきて
体が不自由になった祖父を車椅子に乗せ川原へ散歩しに出かけて
暫くしてから家に帰り祖父をベッドに寝かせた時
私の手を握って「ありがとう、ありがとう、ありがとう…」
と泣きながら何度もありがとうと言ってくれたあの時の
祖父の泣き顔と、強く握り締められた私の手の痛さとぬくもりを
祖父が亡くなって数年経つ今でも私は決して忘れた事はない。
そして、その時どんなにいい人もわるい人も
いつかは必ず死ぬことを改めて実感した。


72: 大人になった名無しさん 04/05/09 03:19

70歳のおじいちゃんが、ある日いつものように電話をかけてきて、
「あした行くから」と僕をリザーブした。
そのつもりで次の日待っていると、ずいぶん意気消沈した顔で彼はやってくる。
どうしたのかなと思いつつも、いつものようにシャワーを浴びて
おちんちんを舐めていたのだが、いつもなら何とかして勃つおちんちんが今日はまったく勃たない。
15分そのままトライしていると、おじいちゃんが「無理なんだよ」と情けない声で言う。
「だって、きのうアキラ君の声を聞いたら無性にオナニーがしたくなって、
我慢できずに2回もしてしまったんだもの」。
それから、僕たちはガイドラインを作ることにした。
簡単なことで、会う2日前からオナニーを禁止するというものだ。
それにしても70歳でこの精力というか、生命力には驚いた。
驚いたけど、そのあと少しだけ尊敬した。
生きることとセックスすることはつながっているんだと実感した。


73: 大人になった名無しさん 04/05/14 23:29

2年前、色々嫌な事があって、家出してて、漏れが帰ってきた時、
爺さんは、ちょうど退院したところだったよな・・・。

夜、もうすぐ桜が咲くから、見に行きたいとか、
早く就職しろとか行ってたのに、
2日後に老衰で亡くなるなんて早すぎやろ・・・

爺さん、もう桜散ったけど、今年も綺麗に咲いたよ・・・
俺もブラブラしてたけど、3回忌を前に仕事決まったよ・・・
生きてるうちに言いたかったけど、もう遅いけどね・・・


74: 大人になった名無しさん 04/06/13 19:36

小学生の時熱がでて早退すると、おばあちゃんが自転車で学校まで迎えに
来てくれた。遠いのにお医者さんにも連れていってくれた。
家から小学校が遠くて近くに友達がいないので、夏になると学校のプール
まで自転車でおくってくれた。帰る時間になると、学校から少し離れた
ところで待っててくれた。
中学や高校に入って、帰りが遅くなると、駅から少し離れた街灯の明かりの下に
自転車を持っておばあちゃんが立っていた。いつ帰るかわからないから来なく
ていいよと言っても、運動になるからといって笑っていた。どれだけの間待ってて
くれたんだろう。。
大学で東京に行くことになっても、おばあちゃんのことだけが心配だった。
私がいない間に死んでしまったらどうしようと心配で仕方なかった。
でも生活にもなれてそんなことも忘れていた夏のある日、なぜかお母さんから
「おばあちゃんに電話してあげて」とメールが来た。
でもその時忙しくて、おばあちゃんは元気だったから明日でもいいかなと思って
電話しなかった。
そしたら次の日の早朝、おばあちゃんが畑で倒れて突然死んでしまった。
家に帰ったらもう通夜の準備ができていて、おばあちゃんは冷たくなっていた。
毎日毎日泣いた。どうして電話しなかったんだろう。
おばあちゃんへの感謝やごめんねの気持ちを手紙に書いたら14枚にもなった。
あんなによくしてもらったのに、苦労かけたのに何ひとつお返しできなかった。
3年たった今でも夏の青い空を見ると、この空の下のどこを探してもおばあちゃん
はいないんだな、、と思う。


82: 大人になった名無しさん 04/06/23 22:57

昨年亡くなったばーちゃんのこと。
ばーちゃんには子供ができなくて、私の父を養子として迎えていたため
孫も私達3人姉妹のみ。特に末っ子の私をじーちゃんもばーちゃんもかわいがてくれた。
3人姉妹の末ともなると、姉からの厳しいしつけ(別名いじめ)があった。
私に見たいテレビがあっても私にはチャンネル権はなく
横から来て歌番組に変えてしまった。
そんな時は祖父母の部屋に行って、マンガ見させてもらったなぁ・・。
あと、姉の分のポテチを私が食べちゃったときにはばーちゃんは
「私が食べたことにしといてやるから」って言ってくれた。
 
 理容師の妻になることになったとき、ばーちゃんは「いつか私の顔を
剃ってくれい」と言ってた。でも、してあげられなかった・・・。
去年の冬、突然脳梗塞で倒れてそのまま逝ってしまった。

ごめんね、ばーちゃん。何も孝行してあげられなかったよ。
孝行の代わりって言っちゃおかしいけど
幸せになれるように頑張るよ。
 人って亡くなって姿が無くなったとしても、いつまでも心の中に
生き続けるんだな、と最近思うようになった。



83: 大人になった名無しさん 04/06/24 13:08

俺のジイさんは元軍人だった。
終戦直後は生活に困窮していたらしくて、
あの頃バアさんのミシンで食わして貰ったとよく言っていた。
俺が前の会社に就職する時、
 手に職を付けておいた方が良いのじゃないのか。
 会社はいつ倒産するか分らない。
 俺など国が倒れたのだから。
と言って忠告してくれた。
俺は業界でも大手と言われている会社に就職したのだが、
やがて経営不振が続いてリストラされた。
人生を長く生きて来た人の言葉には重みがあると今にして感じる。


85: 大人になった名無しさん 04/06/25 10:00

足を骨折した上に、痴呆が始まったから、
もう病院から出てこれなくなったおばあちゃん。
何年も入院してたのに、俺は殆どお見舞いに行かなかった。
仕事が忙しいとか、なんとか理由を付けて行かなかった。
子供の頃、あんなに俺を守ってくれた人なのに・・・
返しても返しきれないほど、恩があるはずなのに・・・

2週間前、肺炎になり、もう長くないからと言われ、
久しぶりにお見舞いに行った。
呼吸器を付け、本当に苦しそうにしていたけど、
俺が顔をのぞき込み、「おばあちゃん、○○だよ」と言うと、
本当に嬉しそうに、にっこり笑ってくれた。
もう喋れないくらい衰弱していたのに、笑ってくれた。
そばにいた母が言った、
「あんたを待ってたんだよ。どんなに惚けても、あんたの事だけは忘れなかったからね」

ごめんなさい、おばあちゃん。
何一つ恩返し出来なくて、ごめんなさい。
あの日の笑顔は一生忘れません。

今日、お通夜です・・・・


87: 大人になった名無しさん 04/06/25 12:14

いつものんびりとみんなを癒してくれた、大好きなジィちゃん。
いるだけでくつろげたっけな。

ジィちゃんはその日、NHKで大相撲見てた。
いつもの風景のはずだった。
だけどいつも元気なジィちゃんが珍しく、
「頭が痛い」
と漏らしていた。
深く考えず、じゃあカゼ薬でも飲んで寝てなよ。と遊びに行った私。
その夜友達と遊んでいると家からしつこく電話がかかってくる。
どうせ帰って来いとうるさく言われるんだろうな…うざったくてシカトした。
2時間後、ふと携帯を見るとものすごい不在着信の数と
留守番電話のマーク。
何かあったのかな?

「ジィちゃんが危篤です!アンタどこにいるの!!今○○病院だから早く来なさい!!」

……え??何この伝言。
危篤?嘘でしょ。夕方元気だったじゃん。
半信半疑のままとりあえずタクシーで病院に向かった。
到着した私を出迎えたのは、
「霊安室へどうぞ」
無機質な看護婦の声。
まだ信じられないまま霊安室へ向かった。
何だか足元がおぼつかない。

霊安室に横たわる真っ白なジィちゃんを見て、
私の頭の中も真っ白になった。


88: 大人になった名無しさん 04/06/25 12:18

ごめんね死に目に会えなくて。
電話にちゃんと出てればよかった。
遊びになんて行かないで一緒にいてあげればよかった。
救急車もっと早く呼んであげればよかった。
そしたら大好きなジィちゃん、もしかしたら今も生きてたのかな

5年前の出来事。

やだ本当に泣けてきた。


91: 大人になった名無しさん 04/06/25 20:56

その気持ちをずっと忘れちゃだめだよ。
でも過去はもう修正できないんだから、それを教訓にして前向きに生きなよ。
それが一番の恩返しなはず。


92: 大人になった名無しさん 04/06/25 22:28

>>91
はい、ありがとうございます。痛みを忘れずにがんばりますm(__)m


93: 大人になった名無しさん 04/06/26 06:58

俺もじいちゃんの死に目にあえなかったなぁ。
ある朝、ご飯を食べた後、突然倒れてそのままだったらしい。

会社に「亡くなった」という電話が来たときは、全然実感がなかった。
でも、
実家に帰って、亡くなったその姿を見たとき、泣けて泣けて、どうしようもなかった。
親戚と飲んでいたお酒のせいもあり、
「なんで、もっと優しくしておかなかったのだろう。」
「なんで、あのとき、こうしてあげておかなかったのだろう。」
「なんで、…」
というように、後悔ばっかりが、頭のなかをぐるぐる回っていた。
4時間くらい、酒を飲みながら、泣き続けていた。
(あとで親父が言っていたが、ヘンになったと思ったらしい。)


94: 大人になった名無しさん 04/06/26 07:02

翌日、遺体を棺桶に入れる際、じいちゃんの体を持ち上げた。
その時、「なんて軽かったんだ。」と、また泣けてきた。

火葬場で棺桶が焼かれるとき、また泣けてきた。
遺骨を壺に入れるとき、また泣けてきた。

とにかく泣き続けた日々だった。


95: 大人になった名無しさん 04/06/26 07:05

あの日以来、人に対して優しくなった気がする。
気持ちだけかも知れないけど。

人が亡くなったときに、もう後悔をしたくない。


98: 大人になった名無しさん 04/07/06 02:43

戦争体験者で、しなくてもいい苦労を沢山してきた
じいちゃん。
基本的に昔人間で気難しい所もあったけど普段はニコニコしている人だった。

ただ三年前同居してから重度の痴呆に。
よく父さんも母さんも、オムツを外そうとしていたのを怒っていた。
勿論憎くて怒るわけじゃないけど、24時間介護は尋常じゃない。

それでも、時々子供に帰ったような笑顔で笑ってくれるのが嬉しかった。
私は痴呆でも、どこか、じいちゃんだからと一線を引いていたけれど
もっと、もっと、一緒に過ごせば良かったな。ただ受験とかで一緒に住んでいても
顔も会わせない時も会ったし・・・後悔してる。

夜でも度々怖いと言って手招きしたのに、「大丈夫だよ」と言うだけだった。
夜は怖いんだよね。怖くなくなるまで一晩中でも傍にいてあげれば良かったよ。

今更遅いよね。天国には婆ちゃんもいるし、仲良く、楽しくして欲しいな。
次に会えるのはお盆だから、それまで胸張って会えるような生活するからさ。
ね、じいちゃん。


107: 大人になった名無しさん 04/07/28 19:38

やさしかったおばあちゃんとおじいちゃん。
俺の母方の祖父母なんだが、母が末っ子で、俺も孫の中では一番下だった。
そのせいか非常にかわいがられた。あのころは親よりもおばあちゃんの料理が
おいしいと思った。
おじいちゃんは、近くの山へよく一緒にいってわらびやきのこを取った。
「おいとこしょっしょ どっこいしょ」 こんな掛け声で山登りをしたのを覚えている。
今の俺が釣りが好きなのも、おじいちゃんの影響だ。蜂におっかけられたこともあった。
でもそんなことも束の間。おじいちゃんは体を壊すとあっというまに亡くなってしまった。
おばあちゃんも、小学4年くらいのときに亡くなった。
両親が、おばあちゃんと一緒に暮らせるようにと、新築していた家にはおばあちゃんの和室を作っていた。
しかしそれもかなわずおばあちゃんは逝ってしまった。
今になってから、おじいちゃんやおばあちゃんの昔のことを、母親やおばからよく聞くようになった。
ほんと、今の人とは比べ物にならないくらい激動の人生を歩んできたということを知って、
尊敬するようになった。高校も偶然にも、おじいちゃんが野球部を絶賛していた高校に入った。(部活はやってない)
おじいちゃんは厳しい人で、よく怒られもしたが、一緒に外で遊び、いろんなことを教えてくれた。
おばあちゃんはやさしい人で、おじいちゃんに怒られたあと、慰めてくれた。


でも、一言だけおばあちゃんに言いたいことがある・・・。








死んだあとに俺の足元に立つのやめてくれ!!!
49日まで毎晩階段をきしませてあがってきて、霊感のない俺や父さんまでもが余裕で見えるくらい
鮮明に目の前に現れるのはやめてくれよ・・・。
おれ、あのときまじで心臓爆発するかと思ったよ!


109: 大人になった名無しさん 04/07/29 11:45

>>107
ばあちゃんは孫が心配だったんだよ。ええ話や。


108: 大人になった名無しさん 04/07/29 04:56

中2の時、祖母が骨折して入院したので見舞いに時。
爺ちゃんがいなかったから婆ちゃんにに「爺ちゃんは?」と聞くと
「彼女だわーw」と爺ちゃんがスナックに行くのをネタにしていた。
「ご盛んだねー」なんて行ってたのに…
爺ちゃん、前立腺癌って…
結局3年の闘病生活ののち逝ってしまったけど、俺はダンディで頑固で愉快な爺ちゃんが本当に大好きだった。

そういえば最近婆ちゃんがデイサービス先の男性老人と歌舞伎観に行ったりしているうちに告白されたそうだ。
でも婆ちゃんは「私には剣二(祖父)がいますから。」と断ったらしい。

(・∀・)カコイイ!!


165: 大人になった名無しさん 2005/06/10(金) 10:15:33

うちのじいちゃんは典型的な亭主関白だった
そのじいちゃんにばあちゃんは苦労も多かっただろう
そのばあちゃんが急になんだか珍しい病気にかかってしまった
年をとった痩せた身体に何度もメスが入って痛々しいなと
感じていたんだけど、結局その甲斐もなく死んでしまった
病院側からの要望で珍しい病例なので是非解剖をとの事だった
母や父は断るつもりでいたけどじいちゃんは
「医学のためにどうぞ役立ててください、その代わり
かたちだけで良いから麻酔をお願いします」と言って声を震わせてお辞儀をした
その言葉からじいちゃんの大きな愛情を感じた


195: 大人になった名無しさん 2005/12/31(土) 17:27:19

この時期になるといつも思い出す。

ばあちゃんが作ってくれるきんとんにはリンゴが入ってた。
私はそれが大好きで、ばあちゃんちのおせちではそればかり食べてた。
毎年毎年、お正月に行くと
「○○ちゃん(私のこと)が好きだからたくさん作ったよ~」と
優しい笑顔で迎えてくれたばあちゃん。
最近、ウチでは料亭のオセチとか買ってて、それはそれでおいしいんだけど
やっぱり、ばあちゃんのが一番だな。。。
「もう永遠にあのきんとん食べられないんだな~」と思うと今でも涙が出るよ。


197: 大人になった名無しさん 2006/01/20(金) 01:38:12

昨日おれのひいばあちゃんが死んだ。
おれが小さい頃腕にボールペンで時計書いてくれたよね。
水で薄めた養命酒飲ませてくれたよね。
お母さんがご飯できたって呼びにくるまでいつもばあちゃんの部屋でおれと遊んでくれたよね。
おれ今は憶えてないけど昔乳母車で色々な所に連れてってくれたんだよね。
おもちゃもいっぱい買ってもらったよね。

たくさん可愛がってもらったのに…おれいっぱい酷いこと言った。
おばあちゃんがちょっと呆け始めてから何度も台所にお茶を飲みにきたとき「もう寝てなよ!」なんて怒鳴っちゃってごめんね。
台所まで歩いてくるの大変だったよね。一人で寝ててもつまらなかったんだよね。
「家の前車椅子で引いて」って言われたときも面倒だったから「今外寒いから…」なんて言っちゃった。
「そうかぁ」なんて言ってたけど悲しかったよね。昔おれ乳母車で引いてもらってたのにさ。
今すごく後悔してるよ。恩返しできなくてごめんね。
おれどんな映画見たって絶対泣いたりしないのにぼろぼろ泣いちゃったよ。
もう会えないの悲しいよ。夢でもいいから会いたいよ。

みんなは後悔しないようにできるときにできることをやってあげてください。
必ず喜んでくれると思いますよ。

おばあちゃん。おやすみなさい。


206: 大人になった名無しさん 2006/03/17(金) 01:09:00

共働きだったため、おばあちゃんっ子だった俺は小学生の頃
おばあちゃんにジャンプを買いに行ってもらっていた。
確かその週はメカフリーザ襲来の回で、俺は楽しみに帰ったんだ。
でもおばあちゃんはその日に限って間違えてVジャンプ買ってきた。
すごくショックだった俺は「おばあちゃんのバカ!」と言ってしまい、
自分の部屋に引きこもって泣いていた。30分くらいたっただろうか、
おばあちゃんが部屋の前で「〇〇ごめんね。おばあちゃん今新しいジャンプ買ってきたからね。」
部屋の前にはジャンプとおばあちゃんと俺の好きなお菓子のぽたぽた焼が置いてあった。
バカな俺はおばあちゃんに謝りもせずに夕飯まで引きこもっていた。
一週間後にはまた仲良しに戻っていた。でも俺はずっとそのことを謝れずにいた。
小6の卒業式の2日前、家に帰るとおばあちゃんが倒れていた。
俺はすぐに救急車を呼んだけど、午後8時くらいに亡くなった。
不思議と涙は出なかった。あれを呆然自失と言うんだろう。
家に戻り、自分の部屋に入った。机の上には最新号のジャンプとぽたぽた焼があった。
涙が止まらなかった。大好きだったおばあちゃん。俺は一生あのことを悔い続けるだろう。


242: 大人になった名無しさん 2006/07/27(木) 12:13:52

俺の曾祖母(父の父の母)に小さい頃よく体を洗ってもらいました。
そのばあちゃんは3年前、100歳の誕生日で亡くなった・・・・
死ぬ五時間前ぐらいに一時心拍数が0になった。みんながもうだめぽと
思った瞬間、なんと2秒で75に戻りました。生命力がすごいおばあちゃんでした。
16年前に葦が腕を貫通したことがあったのですが、塗り薬つければ治るといって
3日で完治しました・・・すごい


243: 大人になった名無しさん 2006/08/08(火) 23:06:28

うちの隣に住んでる半身不随(右の)のおじいちゃん。体は不自由だけど
心はとびっきり元気で、口やかましく病院でも困り者だったそう。そしてどうしても家に
帰りたいと言うので、在宅介護という話になったそうなんです。奥さん(おばあちゃん)と
が息子のお嫁さんを説得しておじいちゃんの面倒を見てもらうことになった(おばあちゃんは仕事持ち)
んですけど、そときからおじいちゃんの面白パワーが炸裂(笑)したんです。
ある日私が家の前を通りかかると「よいしょー」とか「そーれ」とか聞こえるので、何だろうと思って見ると
おじいちゃん、ベッドの脇で介護してるお嫁さんのお尻に必死の形相で右手を伸ばしてたんです。(爆)
これがおじいちゃんのリハビリ法と思って思わずふき出しちゃったんです。
暫くたってまた行くと「ほら、後もう少し」と今度はおばあちゃんがおじいちゃんに声援を送ってました。
そしてお尻に手が届くと、おじいちゃん「やったー」と近所に聞こえる大声で叫んでお嫁さんのお尻を震
えながらもナデナデ。その顔が嬉しさでいっぱい。茶目っ気たっぷりのおじいちゃんの
様子に思わず拍手しちゃいました。昔からスケベ心旺盛でお嫁さんによくちょっかいだしてたとか。
でもその力で直ったことにびっくりしました。おばちゃんもおじちゃんのことが好きで時にはお嫁さんをお説教し
ながらおじいちゃんを影で支えてました。
今では手が大分動くようになり細かい指の動きをやっぱりお嫁さんのお尻で練習中とか(苦)
私は昔からおじいちゃん、おばあちゃんに可愛がられてきたこともあって、こんな二人が大好きです。
がんばれー


244: 大人になった名無しさん 2006/08/20(日) 12:58:50

お盆休みに6年ぶりににおばあちゃんに会いに行った。
会社を辞めてからずっとフリーターだったから
無様な自分を見せられなくてずっと会いにいけなかった。
新幹線と特急と乗車券で1万9千円かかったけど
おばあちゃんに会えると思えばたいした出費でもなかった。
岡山についておばあちゃんを見た瞬間泣きそうになった。
何回も入退院繰り返してこんなに痩せてしまって・・・
駅まで迎えに来させてごめんな。
おばあちゃんが作ってくれた朝ごはんおいしかったで。
俺の好きな鮭用意してくれててありがとう。
1泊しかできんでごめん。今度は長い休みとって行くから。
おじいちゃんのお墓も綺麗に掃除するわ。
おばあちゃんがお土産にくれたトマトホンマおいしかったで。
今日、資格の試験やったけどおばあちゃんに諭されて
心を入れ替えて勉強したからすごいよくできたわ。
俺、おばあちゃんのために財形してて毎月1万ずつ貯めてるから
次に会いに行くまで絶対死んだらあかんで。


262: 大人になった名無しさん 2006/09/22(金) 22:18:28

自分はおじいちゃんを中1の時に亡くした。

おじいちゃんが病気になってから
いつもおばあちゃんに『あれやってくれ、これやってくれ』と
命令ばかりするから、
影で、おばあちゃんはおじいちゃんの家来じゃないし、面倒くさいことは
全部おばあちゃんに言いつけてバカじゃないの?とマヂギレしてた。

おじいちゃんが入院した時も、普通に元気だったのに
病院の先生におじいちゃんが自分から『入院とかした方がいいんですかね?』と
頼んだのを聞いて、
『病弱なフリして…元気なくせに。』と全然心配もしなかったし、
家にいなくなってからも、『戻ってきたらまたうるさくなるなあ…』って
正直戻ってきてほしくなかった。

おじいちゃんのお見舞いに行けって親が言ったりしてきたけど
面倒くさかったし、あんな奴の見舞いなんか行くかって思ってた。
1回だけ行ったんだけど、その時はずっと寝てて
『せっかくお見舞い来てあげたのに』と怒ってた。

おじいちゃんが死んでから、
病院に自分から入院したのも、家族に迷惑かけたくなかったからって知ったし、
もう、最後らへんは寝たきりで喋れなくなってたから
言いたいことをメモに書いてたらしいんだけど
震える字で書いたメモには『家に帰りたい、どうか皆に会いたい』とかばっかり書いてあって
トイレにも行けないから尿瓶みたいなのつけてたらしいんだけど
そのせいで血がたくさんついたパンツとか出てきて…
自分に悪口言われてたの知ってたくせに何も反論して来なかったし…

おじいちゃんはおじいちゃんで苦しんでたのに
それに全く気づかないで最後までバカにしたりして
本当にゴメン…
今でもこれ思い出して鬱になって泣き叫んじゃう…

あー…涙でキーボードが…w


268: 大人になった名無しさん 2006/10/15(日) 17:35:43

弟と二人、おじいちゃんに湘南の海に連れてってもらった。
食事の後 寝転がろうとすると、おじいちゃんは
「タクミ、いかんいかん!北枕だ。死人が海から出てきて足を引っ張られるぞ」と俺を叱り
周りの人とは反対を向いて寝てしまった。小坊の俺たちにはそれなりに説得力があったが、
さすがに頭を海、足を陸に向けるのは違和感があり、寝るのはやめて遊ぶことにした。
小一時間して戻ってみると、おじいちゃんが寝てたとこまで潮が満ち
おじいちゃんのカツラが波にさらわれてた。


296: 大人になった名無しさん 2007/02/08(木) 00:02:20

長いけどなんか書きたくなったんでごめん

大好きな おじちゃん
俺 もうすぐ結婚するよ
家事はあんまりできねーけど、かわいくてやさしい子だよ

俺が20歳のころ遊ぶのが楽しくて一緒に住んでいたのにあんまり話さなかったよな
おじちゃん 海に連れて行けなくてごめんな
後から叔母さんに聞いたよ 一緒に海行きたかったんだよな

俺が親に買ってもらった車でスーパーに買い物行ったよな
糖尿病だったから健康食品買ったりしてね

俺が中学生の時に一回も腕相撲勝てなかったの覚えてる?
畳職人だったおじちゃんはめちゃくちゃ強かった
柔道も剣道も強かった

母ちゃんに内緒でいっぱいおもちゃ買ってくれたよね
聖闘士星矢買ってもらった

早くして息子を亡くしたおじちゃん
俺が生まれたとき俺のこと“宝”だって言ってくれたんだってね
葬式の時に母ちゃんから聞いたよ

じいちゃんが倒れた時も遊びに行ってた俺
めちゃくちゃ馬鹿だ

脳梗塞で入院して御見舞に行った時
言葉は出ないのに俺が来たら顔をくしゃくしゃにして笑ってくれたよね

男らしくってやさしいおじちゃん
返ってこないとわかっていてもお金を貸すおじちゃん
孫に甘いおじちゃん
飲んじゃだめなのに酒飲んで怒られたおじちゃん

葬式のとき坊さんに言われた
人は人の命を喰らって生きてるんだって
俺はおじちゃんの命を家族の命を喰らって生きてんだよな
だからこの命を子供に孫に喰らってもらえるように精一杯生きるわ

あと 俺消防士になったんだぞ 少しでも人の役に立ちたくて
まだまだおじちゃんの足元にも及ばないけどね

俺はおじちゃんのような男になりたい
俺の子供におじちゃんの名前を一文字もらいます
おじちゃんのように真っ直ぐ やさしく育ってほしいから


375: 大人になった名無しさん 2008/01/14(月) 01:50:08

今さっきおばあちゃんが亡くなった。
くもまっかしゅっけつで6日前に急に倒れた。
結局意識が戻らないまま今さっきというか2時間前に亡くなったよ。
毎日お見舞い行ったよ。でも辛いからあまり手を握ってあげられなかった…
もう脳死状態だったからみんな覚悟はしてた
病院から呼び出され急いでついてみんなでがんばれ!って言ったら心電図が戻ったり乱れながらがんばってた
でももう楽にしてあげようってなって、みんなが「がんばったね」って言うと静かに心電図が消えていった
なんか人間あっけないなあ
死んでるなんて未だにピンとこない

おばあちゃん、お正月遊び行かなくて本当にごめんね
「来て」って電話までしてくれたのに行けなくてごめんね…後悔してる
お年玉準備して冷蔵庫に貼ってたんだってね?ちゃんと受け取ったよ、ありがとうおばあちゃん…大好きだよ
打ってて涙が止まらないよ


376: 大人になった名無しさん 2008/02/02(土) 02:13:05

うちのじいちゃんは、私が中学校1年のときに肝臓癌で死んだ。肝炎だったから、自分でも長く生きられないのを知っていたらしい。
孫、特に内孫の私たちをすごく可愛がってくれて、週末にばあちゃんと、弟と4人で健康センターによく遊びに行った。
お父さんはじいちゃんは厳しい人だと言っていたけど、私はそうは思わなかった。
お父さんに怒られてご飯が食べられなかったとき、夜中にラーメンを作って持ってきてくれたり、
朝寝坊して朝ごはん抜きで学校にいったときは学校までパンを買って持ってきてくれたり。
優しいじいちゃんしか思いつきません。
ビデオを撮るのが好きだったじいちゃん。
うちには、私たち兄弟をとったビデオテープがいっぱいあります。運動会、学校祭。あんまり一生懸命なもんだから、PTAの役員の人に間違えられて、すごくいい席で撮ってくれたよね。
この間、久しぶりにビデオをみたらじいちゃんの声がいっぱい入っていて、涙が止まりませんでした。
お父さんとお母さんが共働きだったから、いっつもじいちゃんとばあちゃんといっしょだった。じいちゃんとばあちゃんは、私たちにとって第二の両親だと思っています。
私も、今年から社会人。ごめんね。じいちゃんは間に合わなかったけど、そのぶんばあちゃん孝行をたくさんするから。だから、さみしいかもしれないけどまだまだばあちゃんを連れて行かないでね。


387: 大人になった名無しさん 2008/04/01(火) 21:43:00

去年8月から東京で一人暮らしのおばあちゃんをいい歳だし何かあったら困るからということで、
こっちに呼んで一緒に住むようになった。
93歳で、物忘れがひどい。ちょうど俺の隣の部屋が空いていてそこがおばあちゃんの部屋。
夜中2時くらいにいつもトイレにいってタンスを開けたり閉めたり大きな音を出していた。
その度にいつも起こされる。多くて1週間に3~4回。正直、いい加減にしてほしいとも、ふざけんなとも思った。
一昨日、おばあちゃんが脳梗塞で倒れた。今日ようやくお見舞いに行くことができた。
そこに寝ていたのは、まったくの別人のように思えた。ついこの前まで、出された食事は残さず食べ、毎朝新聞を
隅々まで読んで散歩に行ってた人物のようには思えなかった。多少麻痺しているみたいで、こちらの呼びかけには反応
するがしゃべっても何を言っているのかわからない。本当に別人だ。医者には一応覚悟をしといてねと言われた。
俺は泣きそうなのをこらえて、「おばあちゃんわかる?早く元気になるようにがんばって!」本当にこれしか言えなかった。
おばあちゃんにムカついてた気持ちを本当に本当に後悔した。おばあちゃん本当にごめんね。まだまだ話たいことあるからさ
早く元気になろうよおばあちゃん。


390: 大人になった名無しさん 2008/04/07(月) 19:25:34

両親が共働きだったので遊び相手はいつもおばあちゃん
夜食もいつもおばあちゃんとだった
でも小学生だったあのときはどうしてもおばあちゃんの味付けが苦手だった
中学生1年になったある日母親の仕事の時間が減り夜食は母親が作ってくれるようになりおばあちゃんとは食べなくなった
それでもあの時は母親と食べれるのがうれしくてそんなことはどうでもよかった

けれどおばあちゃんとの仲はよかった
でも中学生2年生になってしきりに勉強のことを言われるようになった
そしてそれがうざくておばあちゃんと話すことも減った
そんな関係が続いたまま僕の誕生日の2日前、学校に行くとき
「今年の誕生日は何にしようかねぇ」といつものように玄関に出てきて言うおばあちゃん
「・・・別になんでもいい」って言って出ていった



そしてその日の夜だった


下からやけに『ドンドン』という音が聞こえてくる
最初は気づかなかったけど5分くらいしてやっと異変に気づき下にいくとおばあちゃんが苦しんでいた
元々心臓が悪かったおばあちゃん
この時は心配で急いで救急車を呼び救急車を誘導するため家を出て行った


病院に後から家族といくとおばあちゃんが横たわっていた
もう苦しんでもいなかった
看護婦さんが
「大きな声でおばあちゃん!と呼んであげてください!!」と家族に言いみんな必死に
「おばあちゃん!戻ってきて!!」と言ってる中、僕は恥ずかしくて何も言えなかった
そしておばあちゃんはそのままいなくなってしまった誕生日の前日だった



テストが重なっていたり葬儀が忙しいこともあり泣く暇もほとんどなかった
葬儀も一通り終わり少し落ち着きはじめたときおばあちゃんの部屋を掃除していた
そうしたらなにやら大切にしまわれているものを見つけた

ネックレスだった

仲が悪くなっていたとしても誕生日だからと少ないお小遣いから必死に選んで買ったネックレス
「何こんな安いのにこんなに大事にしまってるんだよ・・」
でもなぜか涙が止まらなかった


僕はいい孫だったでしょうか?
心臓が悪いのは知っていたから中学生なりにできる限り負担はかけさせないようにした
いくらお金がなくても誕生日にはプレゼントを買った
でもそんなことじゃないよね
もっと会話、したかったよね
本当にごめん、何もできなくてごめん、あんな態度とってしまってごめん
ありがとうって素直に言えなくてごめん

ごめんなさい。

高校はおばあちゃんと
「ここいいね」と話していた高校に合格したよ?
もう今年で卒業だけどちゃんといい大学入れるようにがんばるから
だからどうか見守っていてください
大好きだよ。


392: 大人になった名無しさん 2008/04/17(木) 11:01:32

おばあちゃん、あいたいよ。
もっともっと長生きして欲しかった。
87歳で十分長生きなんだろうけど、もっと生きて欲しかった。

12日に亡くなったおばあちゃん。
12日は次男の誕生日だよ。
忘れないでね、って12日を選んだの?
忘れるわけないじゃん。大好きだったんだから。

いつも私の味方をしてくれて、遊びに行くたびに
お小遣いをくれたおばあちゃん。
社会人になって初めてお年玉を渡したときすっごい喜んでくれた。
肩や手をマッサージすると
「お前がつかれちゃうだろう?ばあちゃんが揉んでやる」って
逆にマッサージをしようとしたり。
私はおばあちゃんの喜ぶ顔が見たかったんだよ。
もっともっと見たかったよ。

おばあちゃんに会いたいよ。
涙が止まらないよ。

今までありがとうございました。
おばあちゃん、大好き。
私はおばあちゃんの孫で幸せでした。


424: 大人になった名無しさん 2008/07/21(月) 04:03:57

今年73のおじいちゃんと花火見に行っていろいろ話をした。
もう定年したっておかしくないのに、gdgdすぎるおじいちゃんの家族を養うために
痛い腰をかかえて電気工事の仕事をがんばるおじいちゃん。

いつもヘヘヘって言いながら、みんなに「ボケてる」「またバカな事言って」
なんて煙たがられてるけど、そうやって自分のテンションを上げてがんばってるんだよね。
優しいから、悪口言われても何も言わずに、頑張ってるんだよね。
私は知ってるよ、そんなおじいちゃんが大好きだよ。

「おじいちゃん」で検索したら出たこのスレ読んで
今日思った気持ちを忘れたくないので、いつかおじいちゃんとさよならしても
ずっと忘れないようにかいてみた。
一緒に逢えるうちに、たくさんデートに誘っておこう。
おじいちゃん程のいい男になんて、そうそうめぐりあえそうにない。


425: 大人になった名無しさん 2008/07/25(金) 17:16:30

おばあちゃん・・・・

もう亡くなって五年くらいたつのか。。。
五年もたつのにはっきりとした実感がまだ沸いてこないのはなんでだろうw
なんだかおばあちゃんが死んだというよりはおばあちゃんがどこか遠くにいて
ただ長い間あってないだけのような気がする

私はとっても馬鹿だからおばあちゃんになんにも喜ぶこと
してあげられなかった気がする
だってあんなに短い間しかいられないなんて思ってもみなかったから。。。。
今でも時々おばあちゃんのこと思い出してまだ後悔してるよ。。

なんでもっと優しくできなかったのか
なんでもっと一緒にいる時間を大切にできなかったのか

おばあちゃんが優しいから甘えてたのかな


おばあちゃん 会いたいです。。。


会って一緒に笑いたい



まだおじいちゃん、おばあちゃんがいる人は羨ましいです
あたしみたいな馬鹿にはならないで、もっと一緒にいる時間を大切にしてください



482: 大人になった名無しさん 2009/06/01(月) 11:08:52

戦後、公職追放で、職業軍人に対する冷遇が続き、祖父を救ってくれた将校=後の親友も、
長いこと職に就けず、貧しい日々を送っている中、初めての来賓があった。
物資不足が続く中でありながら、祖父がすき焼きの肉を持って訪れたという。
その味が今でも忘れられないと仰っていた。

そして日本の経済の発展と共に、祖父は漁業関係で、親友は出版業界で成功された。

そして、この話を聞いたのは、それから40年ほど経った、祖父の葬式の時であった。

今の俺はというと・・・無謀なケンカをする辺りはにているが、祖父のような
人望は無いな・・・。


543: 大人になった名無しさん 2011/08/18(木) 07:05:19.13

ここ数年、おばあちゃんが段々愚痴っぽくなってきました。私はおじいちゃんの事も好きだから、おじいちゃんの愚痴を聞かされるのが嫌で、最近はあまりおばあちゃんと話さずおじいちゃんと一緒にいる事が多くなっていました。

今日たまたまここを見つけてみてたら、ずっと可愛がってくれてたおばあちゃんとのいろんなことがたくさん思い出されて涙がとまらなくなりました。
子供の頃文房具屋さんでシールをたくさん買ってもらったこと、いつも可愛い洋服や靴をプレゼントしてくれたこと、おばあちゃんと一緒に料理をしたこと…
美人でお洒落で、大正生まれだけどピアスをしていて、私がピアスをあけたら、自分の宝石箱から素敵なピアスをたくさんプレゼントしてくれました。
ずっとやさしくされすぎて、いつのまにか可愛いがってもらうのが当たり前になってました。
同じ事何回もきかれても愚痴っぽくても良いから、まだおばあちゃんと話ができるうちにたくさん話そうと思います。
私をどれほど大切に思ってくれてるか、おばあちゃんが生きてるうちに気づけてよかったです。


564: 大人になった名無しさん 2012/05/11(金) 12:36:00.91

俺の母方のおじいは沖縄戦でお袋が4歳のときに戦死していて俺は母方のおじいの顔は知らない。
お袋も覚えてないらしい。沖縄戦が終わった後、おばあが女手一つで子供四人を
育て、俺はいつも沖縄戦で亡くなったおじいのこと、そして戦争の悲惨さをよく聞かされていた。
そのおばあも俺の娘(おばあにとってひ孫)が誕生する前に亡くなった。
父方のおじい、おばあは石垣島に暮らしていて、子供の頃は夏休みに帰省し、漁師をしていた
おじいの船に乗って釣りを教えてもらったり、おじいは大酒飲みで三線を弾きながら泡盛を飲ん
だりしていたのを覚えている。おばあは沖縄そばなどを作ってくれてとってもおいしかったのを覚えている。
おじいは俺が大学生のときに他界したが、おばあは健在。現在96歳で、腰などは曲がっているが、
元気でたまに帰省するときはいつも俺の娘たちをかわいがり、おいしい沖縄そばを作ってくれている。
おばあ、いつまでも長生きしてください。


605: 大人になった名無しさん 2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN

生きてるばあちゃんでもいいかな?

オレの兄弟はばあちゃんっ子で祖母といれば楽しいのよ。
だけどやっぱり生活費は稼がないといけないから
みんな仕事や育児の間は介護の人に頼んでる。
ばあちゃんも100歳超えてからは痴呆みたいなのも出てきて、
ほとんど眠ってるか、訳わからないことブツブツ言ってる。

ところが、このお盆休みに珍しくはっきりしててさ、
オレの名前も家族の名前も全部言えたんだわw
あんまり嬉しかったから妹にも聞かせてやりたくて、
携帯から電話したんだよね
妹もばあちゃん大好きだけど嫁ぎ先が遠くてなかなか来れないし、
来れたとしても祖母は眠ってる時ばっかりだったからね。

妹「どうしたの?」
オレ「いや、珍しくばあちゃんがはっきりしてるから、
声を聞きたかろうと思ってさ…」
妹「え? 本当に?」
ここで祖母に代わる

祖母「○○ちゃんね? 元気ね~?」
祖母「会いたいね~ いつ来るね? いつ来ると~?」
祖母「うんうん、何て言いよるかよく聞こえんばい」

電話を一旦戻す。

オレ「何て言いよるの?」
妹「こっちに遊びに来てって…」
オレ「ばあちゃん、○○が遊びに来てって」
祖母「うんうん、行くばい。 明日にでも行く」
オレ「○○、明日遊びに行くってさw」
妹「来て欲しいね、けど今日はこれから子供を迎えに行くねよ」
オレ「わかったわかった」
妹「既に時間が過ぎてるからもう行かないと…」

オレ「わかった、最後にもう一言!」

祖母に代わる

祖母「いそがしかね~? そいじゃまたね~」
祖母「会いたかばってん、いそがしかなら仕方なか またね~」
祖母「今度来る時まで待っとるけん、またね~」

その後10回以上「またね~」を繰り返してる祖母

祖母「ばってん、耳ん遠かけん よ~聞こえんとだもん ごめんね~」
祖母「何て言いよるかわからん ごめんね~」
祖母「今度来たらゆっくり話すけん、本当にごめんね~」

謝りながら泣いてるもんで携帯を祖母の耳元から離して見てみた。
……既に画面は待ち受け、、ずっと前に切れてたんだろう。

切れた携帯相手に一生懸命謝ってた祖母を思うと涙が出た。あとで妹にも話したら妹も泣いてたよ。

あとどのくらい生きるかわからない祖母だが、
本当に、本当に楽しく生きて欲しい。


439: 大人になった名無しさん 2008/09/16(火) 17:45:20

ここ見てたらマジで泣けてきた・・・
うちはさ、父方の祖父母はもう亡くなってるんだけど、母方の祖父母は元気なんだ。
めちゃくちゃ大好きなんだ。こないだも学生時代以来に久しぶりに泊まりに行っちゃったよ。
だれよりもおばあちゃんが大切なんだ・・・
婚約者もいるけど、婚約者よりも両親よりも一番大切なんだ。
でもさ、こないだおばあちゃんと話してたら
「死んだ時の話」なんかするんだよ。今の家は、おじいちゃんとおばあちゃんが死んだら売ればいい。
娘2人(私の母親とその妹)に少ないけど定期を残してる。ひいきは出来ないから、私の母親には死んだ時には500万入る様に保険を払い済みだ・・・ってね。
孫は4人なんだけど、私名義の定期に100万入れてるって・・・
学生から社会人になって、おばあちゃんにも少ないけど毎月2万送ってたんだ。(馬鹿だったから、私立高校の入学金おばあちゃんが払ってくれた)
実家にも5万入れてたから、お金なくなって結局おばあちゃんには3ヶ月しか渡せてなくて、そんな事してたのも忘れてた。
その定期に私が渡した6万円が定期にされてた。

たった3ヶ月しか出来なかった馬鹿なのに「○○がくれたお金やでぇ」ってニコニコして言うんだよね・・・
恥ずかしくてさ・・・
おじいちゃんとおばあちゃんは少ない年金暮らしで、自分の為にお金使えばいいのに、ボロ屋に住んで。
「お金なんか残さなくていいから、家でもリフォームしちゃえば?」って言ったら、もう何年も住めないし、私達しか住まないんだから無駄なお金になるって言うんだ。
おばあちゃんの前で号泣してしまった。
私は初孫なんだけど、順位をつけるわけじゃないけど、やっぱり私の事を一番心配して可愛がってくれてるって自負してるんだけど、死ぬとか本当に嫌なんだ。一緒に死にたいって思う。
本当に涙止まらないや・・・

なんか意味不明なレスでごめんね。これからもっと頻繁におじいちゃん・おばあちゃんと会う事にするよ。 

440: 大人になった名無しさん 2008/09/16(火) 18:44:09

>>439
ここにレスする人は439みたいに思っても、もうそのおじいちゃんおばあちゃんがいない人が多い。
たくさんおじいちゃんおばあちゃんに顔見せてあげてください。
うらやましいよ。おばあちゃんに会って話しができるなんてさ。
おばあちゃんに会いたいなぁ。向こうでおじいちゃんと仲良く楽しく暮らしてるかな。

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